かじがや小児クリニックHP

 

小児急性下気道感染症における起因病原体同定の臨床的重要性について

同定し得た1560例の解析を踏まえて

梶ヶ谷保彦

Key words〉 

下気道感染症(lower respiratory infection)

インフルエンザ(influenza)

 RSウイルス(respiratory syncytial virus)

 

要旨 小児急性下気道感染症の原因は多様であるが乳幼児期では致命的になる頻度も高く,早期発見に努めながら早く適切な対処がのぞまれる.そのための起因病原体同定と流行状況把握の重要性について示した.方法は1992年4月より2004年3月までの12年間に,当小児科で入院加療を要した急性下気道感染症を対象とし,同定はペア血清抗体価による有意の上昇か免疫学的抗原検索にて陽性を確認することなどにより行った.同定し得た症例は1560例におよび,その主な内訳では,インフルエンザウイルス,RSウイルス,百日咳などでその流行状況とその間の時事に照らし合わせて解析し新知見を得た.また同定は治療面でも重要性が示されており人工呼吸管理が必要となった4症例ではすべて起因病原体が同定され,結果に基づく治療により全例が救命されている.経年に渡る集計では流行状況の変化,例えば百日咳やサイトメガロ感染症の増加などが判明している.

は じ め に

横浜栄共済病院は横浜市栄区に位置する455床の,病診連携と2次救急による地域貢献を綱領とした中核病院である.地域別の患者様の内訳としては,横浜市が80%(栄区 60%, 戸塚区 10%, その他 10%)を,鎌倉市が15%を占め,約20万人の地域住民の方々が診療圏となっている.小児科は33床(感染個室 2床, 一般病床 29床,未熟児新生児NICU 2床)にて稼働してきた.

当科では1990年(平成2年)6月より入院患者退院サマリーを全例に記載することが開始され,91年より小児急性下気道感染症での入院患者全例に起因病原体同定のために,主に抗体価ペアチェックを徹底し,退院病名に反映させた.91年より病歴室でのICD(国際疾病分類)病名によるコンピューター管理に加わり,小児科の退院サマリーにある退院病名のICDによるデジタル登録を開始した.95年よりパーソナルコンピュータの普及に伴い,起因病原体に関する汎用コンピュータの検査結果(主に抗体価)であってもCSV (Comma-Separeted Values)形式で集積すれば,基本ソフトやアプリケーションの種類を問わずに卓上のパソコンでデータ解析・管理も可能となった.99年より病名やICDのみならず退院サマリー全体を電子化し,電子サマリー管理へ移行し,ICDコードにしばられた検索だけでなく,任意のキーワード検索が可能となった1).このような環境化で今回の1560例の同定,集積,解析が可能となり以下の趣旨で検討を行った.

小児急性下気道感染症の原因は多様であるが乳幼児期では致命的になる頻度も高く,早期発見に努めながら適切な対処を迅速に行うことが望まれる.そのための起因病原体同定の臨床的意義とその重要性について検討しした

対象と方法

19924月より20043月までの12年間に,当小児科で入院加療を要した急性下気道感染症例を対象とし,百日咳以外の起因病原体の同定は患児の血清抗体価のペア・チェックにより4倍以上の有意の上昇を認める,あるいは入院時の血清IgM抗体価が陽性を示す,あるいは免疫学的抗原検索で陽性を確認することなどにより行った.百日咳については,百日咳抗体価(細菌凝集法)の測定において,山口株(流行株)抗体価/東浜株(ワクチン株)抗体価の比率で4倍以上の有為差を認めた症例を百日咳菌感染症とした.

    

同定し得た症例は1560例におよび,その内訳では表1,インフルエンザウイルス,RSウイルス(respiratory syncytial virus),マイコプラズマ,パラインフルエンザウイルス,アデノウイルス,百日咳菌,サイトメガロウイルス,クラミジアトラコマティスなどであった.人工呼吸管理が必要となった4症例ではすべて起因病原体が同定(RSウイルス,サイトメガロウイルス,百日咳菌,クラミジアトラコマティス)され,結果に基づく治療により全例が救命されている.経年に渡る集計では流行状況の変化が読み取れるのでそれぞれの起因病原体別に図1〜9に示す.

考    察

 まずインフルエンザウイルス感染症の結果から考察する.この12年間に主に記憶にある時事としての出来事では,まず1994年よりインフルエンザワクチン集団接種が中止されたことがあげられる.そしてこの頃からインフルエンザ脳炎・脳症の発生に関するマスコミ報道が目立つようになった.そして1999年より抗ウイルス剤投与が一般化され現場の臨床に影響を及ぼしたことがあげられる2)図1にこの出来事を重ね合わせて示したが,これからわかるように,集団接種中止後に脳炎の発症が5例みられ,抗ウイルス剤の一般化後は脳炎の発症をみていないことが読み取れる.当院は冒頭でも述べたが周辺20万人程度を対象にしているので,この結果は有意と考えて良いと思われる.

RSウイルスは,急性呼吸器感染症の病原微生物の一つで,乳幼児にしばしば重篤な下気道感染症を引き起こす.特に乳児では急速に呼吸状態が悪化し,低酸素血症をきたし,気管内挿管となり人工呼吸管理を必要とする場合があり,重症型の場合には一定の死亡率がある.やはりこちらもこの12年間に主に記憶にある出来事としては2002年よりハイリスク児に対するワクチン(抗RSウイルスヒトモノクローナル抗体)投与が保険適応になったことである3)図2にこの出来事を重ね合わせて示すが,ここで読み取れるのはワクチン保険適応後は重症例の発生が2年間みられないことである.しかし,2000年度より入院症例数が年間30例以上と増加していることへのワクチンの影響はないものと考えられる.これまでの知見では,インフルエンザの流行を迎えるとRSウイルスの検出率が著明に低下することが報告4)されており,インフルエンザはRSウイルスの流行を抑制することが指摘されている.そこで図3にRSウイルスとインフルエンザの患者数を,さらにインフルエンザに対する抗ウイルス剤の使用の一般化を重ねて示した.ここでは,それぞれのウイルスによる年度別患者数からは,インフルエンザがRSウイルスの流行を抑制することは読み取れないが,インフルエンザに対する抗ウイルス剤の一般化後に,RSウイルス患者の入院が年間30例以上,4年間続いているのが読み取れる.抗ウイルス剤により多数の罹患患者体内のインフルエンザウイルス量が減少することがRSウイルスとインフルエンザウイルスとの緩衝に影響を及ぼし近年のRSウイルス感染症患者が増加しているとも考えられる.1施設のみの検討結果なので,今後は有意であるかどうか他施設の報告にも注目していきたい.

マイコプラズマ感染症では,かなり以前よりオリンピック開催年に一致した流行のみられることが報告5-6)されている.図4に年度別マイコプラズマ感染症患者数にオリンピック開催年を重ねてみた.ここでは当院周辺では必ずしもオリンピックに一致した流行は近年では認められず,3〜6年周期くらいで増減しているようであった.

 パラインフルエンザウイルスとアデノウイルスの年度別患者数については,図5,6に示す.ここでも数年の幅で患者数の増減傾向が見られる.

 百日咳(図7,8)では,既に論文報告7)しているので結論のみを示す.@栄区・鎌倉市周辺において2000年をピークに百日咳の増加がみられた.Aレプリーゼは3歳以上でははっきりせず確認は困難で,また,定点からは2000年前後の流行の報告はなく,レプリーゼなどの症状で診断する定点チェックでは流行がとらえにくいと思われた.B百日咳ワクチン4回すべて接種していても百日咳感染例が17.4%みられた.C4歳以後の小児ではレプリーゼがはっきりしないだけでなく,百日咳ワクチンが既接種でも百日咳感染がありうるので,咳嗽が長く続く症例では百日咳も念頭に置く必要があると思われた.

最後にサイトメガロウイルス感染症にについて述べる.本邦では,20〜30歳代の女性のサイトメガロウイルス抗体保有率は,90〜95%とされ,米国での富裕層では,40〜50%,貧困層で,70〜80%と大きな差が報告8)されている.従って,本邦では初感染の時期が早く,多くは乳幼児期に抗体を獲得している.感染経路としては,経胎盤経由で胎内感染,新生児が産道を通過するときの経産道感染,サイトメガロウイルスが感染しているリンパ球を含む母乳を飲むことによる母乳感染があり,その他には尿,唾液などいろいろなところにウイルスが排泄されており,そこから感染が自然に広がっていると考えられている.その感染経路と病像について表2に示す.また当院での年度別患者数,月別患者数,年齢別患者数についてはそれぞれ図9,10,11に示す.サイトメガロウイルスIgM抗体価の検索が保険診療で一般化されたのは1995年度からなのでここでも95年以後の解析を示す.当科では9年間で182例のCMV感染症の同定例があり,1998年以後,診断例が増加している.月別の症例数では,通年してみとめたが,3月が最も症例数が多かった.年齢別の検討では乳児例(40%)が最も多かった.人口呼吸管理を必要としたのは1例で,CMV感染と診断し得たので,デノシン投与に踏み切り,救命することができた.その臨床経過を図12に示す.

結    語

1.当科ではインフルエンザワクチンの集団接種中止後に,脳炎合併例を経験し,抗ウイルス剤投与一般化後は脳炎例の発生をみていない.

2.RSウイルスではワクチン保険適応後は重症例をみていないが,インフルエンザに対する抗ウイルス剤一般化後にRSウイルス下気道感染症にて入院する症例の増加を認め,今後のevidenceの集積が必要と思われた.

3.マイコプラズマ感染症では,オリンピック開催年に一致した流行は近年では認められなかった.

4.百日咳ではレプリーゼは3歳以上でははっきりせず確認は困難で,レプリーゼなどの症状で診断する定点チェックでは流行がとらえにくく,抗体価測定の重要性が示された.

5.CMV初感染症は当院周辺では1998年以後,増加していることが示された.CMV初感染症で呼吸管理を必要とし抜挿困難であった重症型肺炎例では,IgM抗体価と抗原検索にてCMV感染と診断し得たので,デノシン投与に踏み切り,救命することができ検索の重要性が示された.

参 考 文 献

1)梶ケ谷保彦: 独自の電子サマリーWeb化から考察される電子カルテの在り方と問題点.小児科, 40: 1637-1643,1999.

2)菅谷憲夫:インフルエンザ.小児科,43: 1849-1854, 2002.

3)The Impact Study Group. Palivizumab, a humanized Respiratory Syncytial virus monoclonal antibody, reduces hospitalization from Respiratory Syncytial Virus infection in high-risk infants. Pediatrics, 102: 531-537, 1998.

 )武内可尚:インフルエンザの重症合併症.小児科 39125-1381998

5)Evatt BL,Dowdle WR,Johnson M Jr, et al: Epidemic mycoplasmapneumoni. New EngJ Med 285:374-378,1971.

6)Lind K,Bentzon MW: The incidence of mycoplasma pneumoniae infections in Denmark over the past seventeen years. Revi Infect 4(Suppl 1):29-32,1976.

 7)梶ヶ谷保彦,佐藤厚夫,志賀健太郎,富田規彦: 最近10年間に経験した小児百日咳菌感染症154例の臨床的検討.小児科臨床,56: 385-388,2003.

8)田中直子,森島恒雄:サイトメガロ感染症の治療法.日本臨床,56: 167-172, 1998.

 

 

inserted by FC2 system