原著

入院加療した小児急性肺炎264例の臨床的検討

 

梶ケ谷保彦,他

 

Key wards: 急性肺炎,マイコプラズマ,RSウイルス,咽頭培養

 

      は じ め に

 小児急性肺炎の原因は多様であるが,いずれの原因にせよ乳幼児期では致命的になることもあるので,早期発見,早期治療が重要とされる.従って血液検査での炎症反応,胸部聴診所見,X線所見,全身状態などにより病勢を判断し,合併症の有無などにも注意しながら,早い対処がのぞまれる1)2).同時に抗体価の測定,細菌培養などによる原因検索も行い治療法を選択していかなければならないのである.

 1992年度の横浜栄共済病院小児科の新入院患者総数は786例であった.小児の急性疾患を中心に地域での病診連携に重点をおいて機能している病院である.同年度は小児急性下気道感染症で入院し,急性肺炎と診断した264例の症例を経験した.今回,上記の臨床的留意点を中心に検討を加え,若干の知見が得られたので報告する.

 

     対 象 と 方 法

 1992年4月より93年3月までに,われわれの施設において入院加療し急性肺炎と診断した264例を対象とした.

 胸部X線検査,末梢血液検査,生化学検査,血清学検査は全症例,入院時に施行した.各種抗体価の検索では,患児のペア血清を用いて抗体価を測定し,有意の上昇を認めた症例のみを同定例とした.

 咽頭培養は入院時に施行し,分離菌の感受性試験はトリディスク法にて行い3+を陽性と判定した.感受性試験結果の比較対象としては1982年度の当科での急性肺炎患者の咽頭培養の結果を用いた.

 

       結    果

1.対象症例(表1,2)

 全急性肺炎264例の患児の発症時年齢は,新生児から15歳で,0歳から5歳の乳幼児期に入院加療を要する症例が多く,200例(75.8%)であった.性比では,男児:女児=152:112(1.36:1.00)と男児に入院加療を要する症例が多かった.全肺炎としての月別症例数では12月,1月の冬季に多くみられた.

2.同定例(表3,4,5)

 血清のペア・チェックによる抗体価の検索で4倍以上の有意の上昇を示し原因を同定しえた症例は99例であった.その内訳では,マイコプラズマは44例,RSウイルスは17例,アデノウイルス6例,パラインフルエンザウイルス8例,インフルエンザウイルス9例,麻疹7例,百日咳4例,水痘4例であった.2種以上の複合感染例は3例みられた.人工呼吸管理を必要とした症例は百日咳による乳児肺炎の1例で,死亡例はなかった.

 マイコプラズマ肺炎では,平均年齢が6.8才で,発症は季節に関係なく,小流行のかたちで散発的にみられた.RSウイルス肺炎の特徴は,平均年齢が3.3才で乳幼児に多くみられ,発症は冬季の12月に9例と最も多くみられた.

3.血液検査所見(表6)

 諸検査にみる炎症反応では,マイコプラズマ,RSウイルス,パラインフルエンザウイルス,その他の肺炎のいずれの場合でもシアル酸の平均値が85mg/dl以上で高い傾向がみられ,小児急性肺炎ではシアル酸が病勢をみる1つの指標として有用と思われた.

4.複合感染例

 複合感染例は3例ともマイコプラズマとパラインフルエンザウイルスとの複合感染であった.以下に3症例について述べる.

 症例1:8歳,女児.マイコプラズマ抗体価が80倍から5120倍へ上昇し,パラインフルエンザウイルス*型抗体価は32倍から128倍へ上昇し複合感染例と診断した.入院時,WBC 4600/μl,CRP 4.42mg/dl,ESR

97mm/hr,シアル酸 128mg/dlであった.シアル酸とESR亢進が著明で,入院期間も27日間と比較的,長期の加療を要した.

 症例2:5歳,女児.マイコプラズマ抗体価が40倍以下から640倍へ上昇し,パラインフルエンザウイルス*型抗体価は64倍から

256倍へ上昇し複合感染例と診断した.入院時,WBC 6400/μl,CRP 0.77mg/dl,ESR 17mm/hr,シアル酸 84mg/dlであった.入院期間は7日間であった.

 症例3:3歳,男児.マイコプラズマ抗体価が40倍から320倍へ上昇し,パラインフルエンザウイルス*型抗体価は256倍から2048倍へ上昇し複合感染例と診断した.入院時,WBC 8800/μl,CRP 0.75mg/dl,ESR18mm/hr,シアル酸 74mg/dlであった.気管支喘息発作合併例で入院期間は14日間であった.

5.咽頭培養検出菌(表7)

 抗体価検索では原因不明とされた症例が

165例あったが,これらの症例に咽頭培養を行い,その検出菌の陽性例は57例であった.全肺炎では,S. aureus, H. influenzae,

S. pneumoniaeの順に頻度が高く,S. aureusは学童に多く,H. influenzaeは乳児に,S. pneumoniaeは幼児に多い傾向をみた.

6.検出菌の抗生剤感受性(表8)

 抗生剤の感受性試験では,当科の1982年の感受性結果と比較すると,S. aureusにおいてはアモキシシリン(以下,ABPC),ピペラシリン(以下,PIPC)に対する耐性化の傾向がかなり強くすすんでいたが,メチシリン(以下,DMPPC)耐性のS. aureus(以下,MRSA)の保有率は数%で,さらにこれらは抗生剤の感受性では,ミノマイシンなどに感受性が高く,抗生剤のきかないマルチプル・レジスタンスとしてのMRSAの検出者はみられなかった.

7.気管支喘息合併例(表9)

 全肺炎のうち気管支喘息発作を伴っていた症例は141例でこれらの症例では気道感染が発作の増悪因子であった.同年,喘息発作にて入院加療した患児総数は305例でその46.2%を占めていた.また今回の感染を契機に喘息を発症してしまった症例が14例みられ,その内訳としては,RSウイルス3例,百日咳2例,マイコプラズマ2例などであった.その後,発作の再発をきたしテオフィリン製剤などによる発作予防投与を長期に必要とした症例は10例あり,特にこれらの症例では気道感染が小児喘息の発症因子の1つと思われた.

 

       考    察

 小児急性肺炎は乳幼児期では致命的になることもあるので,早期発見,早期治療が重要である.従って血液検査での炎症反応,胸部理学的所見,X線所見,全身状態などにより総合的に病勢を判断し,早い対処がのぞまれている1)2).また肺炎の原因も多様であってその検索も重要とされ,マイコプラズマ肺炎,ウイルス性肺炎,細菌性肺炎あるいは複合感染性肺炎など様々である.従って抗体価の検索により原因を同定したり,また小児では喀痰を喀出できないので,咽頭培養の検出菌を参考にして原因菌を推定して治療法を選択している.しかし近年,それらの流行や頻度に変化がみられているとの報告もあり,年度ごとの集計による解析が必要と考えられるので,今回,検討を試みた.

 まず炎症反応であるが,永田ら3)4)は小児急性疾患におけるシアル酸の有用性を報告しており,今回,われわれもシアル酸を含めて検討した.マイコプラズマ,ウイルス,その他の肺炎含め,全肺炎において,小児ではWBC,CRP,ESRに比較して,シアル酸が入院を要する症例に高い傾向がみられ,病勢をみるうえでシアル酸の測定は急性肺炎においても有用と考えられた.

 マイコプラズマ肺炎は,これまで4年ごとの流行がみられ,オリンピックの開催年に流行がみられることが,Evatt5)やLind6)により報告された.本邦でも新津7)や酒井8)によっても確かめられてきた.しかし,近年,この4年流行説は否定される報告9)がなされてきており,今回のわれわれの検討結果でも,92年はオリンピック開催年であったが,マイコプラズマ肺炎の大きな流行ではなく,また季節による変動もなく,小流行のかたちで散発的にみられたことが判明し,これを裏付けるものと思われた.

 咽頭培養であるが,先にも述べたように小児では喀痰を喀出できないので,一般に咽頭培養の検出菌を参考にして原因菌を推定している10).また原因菌は年齢によって頻度の高い菌が異なるのが小児の特徴とされてきたが1),近年,MRSA11)の出現に代表されるように,頻度や耐性などに変化がみられることが予想される.これまで学童では,マイコプラズマやS. pneumoniaeの頻度が高いとされてきた1).今回のわれわれの検討では,マイコプラズマはやはり学童に多くみられるが,咽頭培養の検出結果からはS. pneumoniaeよりもS. aureusの頻度が高い傾向がみられた.またS. aureusの抗生剤の感受性では,10年前に比し,ABPC,PIPCなどのペニシリン系薬剤に対する耐性化がすすんでいることが判明した.MRSAの検出は数%であって,これらはミノマイシンなどに高い感受性をいまのところ示しており,高度薬剤耐性を示すマルチプル・レジスタンスとしてのMRSAは検出されなかったが,今後も年度ごとの感受性の推移について注意をはらうことが必要と思われる.

 肺炎の場合,症状を重症化する要因として合併症の有無が重要である.今回のわれわれの経験では,気管支喘息発作を合併していた症例が141例みられ,喘息発作と急性肺炎とが相互に増悪因子となっていることが考えられる.また,前田12)は小児気管支喘息の発症におけるウイルス性気道感染の役割,特にRSウイルスの関与を指摘しているが,今回のわれわれの経験でもRSウイルスのみならず諸種の気道感染で気管支喘息を発症してしまった症例が14例みられており一致した結果であった.従って,小児の場合,急性肺炎が判明し,随伴症状として喘鳴を伴う症例では,IgE値およびダニ,ハウスダストなどの特異的IgEの検索を行い,陽性者には自宅の環境整備などの教育的指導もあわせて行い,また今後,喘息発作の出現に注意しながら経過観察することが望まれる.

 

       結    語

 92年度の横浜栄共済病院小児科において入院加療した小児急性肺炎264例について臨床的に検討した.

 入院を要する症例は男児に多く,抗体価の検索で原因を同定できた症例はマイコプラズマ44例,RS17例など計99例であった.2種以上の複合感染例は3例認められた.

 マイコプラズマ肺炎の流行は,オリンピック開催年の92年でも大きなものではなく,また季節に関係なく,小流行のかたちで散発的にみられた.

 咽頭培養での分離菌では,学童期においてS. pneumoniaeではなくS. aureusの検出頻度が高く,その抗生剤の感受性では,ABPC,PIPCに対する耐性化の傾向が強くみられた.しかし抗生剤び高度耐性を示すMRSAの頻度は低かった.

 小児急性肺炎ではいずれの原因によるものでも共通して,シアル酸が高い症例に入院加療を要する傾向がみられ,病勢をみるのにシアル酸測定が有用と思われた.

 全肺炎のうち喘息発作を伴っていた症例は141例で,肺炎と喘息発作とが相互に増悪因子となっていると思われた.また今回の感染を契機に喘息を発症してしまった症例が計14例みられ,これらの症例では気道感染が小児喘息の発症因子の1つと考えられた.

 

            参 考 文 献

  1.砂川慶介: 小児科領域感染症. 感染症の現況と対策.(國井乙彦,紺野昌俊,砂川慶介,他 編).日本医師会雑誌 110:123-128,1993.

  2.小林裕: 肺炎. 小児科 33:1155-1159,1992.

  3.永田忠,中村肇: 小児疾患とシアル酸. 小児科 27:1499-1505,1986.

  4.永田忠,常石秀市,宮本元,他: ウイルス性疾患とシアル酸: 麻疹,水痘,ムンプスに関して. 共済医報 37:621-626,1988.

  5.Evatt BL,Dowdle WR,Johnson M Jr, et al: Epidemic mycoplasmapneumoni. New EngJ Med 285:374-378,1971.

  6.Lind K,Bentzon MW: The incidence of mycoplasma pneumoniae infections in Denmark over the past seventeen years. Revi Infect 4(Suppl 1):29-32,1976.

  7.新津泰孝,長谷川純男,久保田秀雄,他: 小児のMycoplasma pneumoniae感染をめぐって. 抗研誌 26:1-19,1974.

  8.酒井英明,武藤茂夫,川名冬彦,他: 1988年,福島県におけるMycoplasma pneumoniae感染症の臨床疫学的検討. 小児科臨床 43:315-320,1990.

  9.原耕平: マイコプラズマ感染症. 感染症の現況と対策.(國井乙彦,紺野昌俊,砂川慶介,他 編).日本医師会雑誌 110:182-186,1993.

 10.岩田敏: 小児における呼吸器感染症: 咽頭・鼻咽腔培養の分離菌と薬剤感受性. Prog.Med. 10:2537-2543,1990.

 11.一山智,太田美智男: MRSA. 綜合臨床 42:2063-2066,1993.

 12.前田和一: 小児気管支喘息の発症におけるウイルス性気道感染の役割(RSウイルスを中心に). 日児アレルギー会誌 6:1-6,1992.

 

 

 

 

 

 

 

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