-CSFおよび化学療法を中心とした多剤併用療法により治療した小児難治性急性リンパ性白血病

 

梶ケ谷保彦,他

 

                要旨

 l-asparaginase/vincristine/prednisoloneおよび遺伝子組換え型ヒト顆粒球コロニー刺激因子(G-CSF)の同時期併用投与を中心とした多剤併用療法により小児難治性急性リンパ性白血病3例の治療を試みた.結果は1例が完全寛解,2例が不完全寛解(骨髄での芽球は5%以下であるが,顆粒球系造血の回復のみであるため)であった.完全寛解例での維持期間は14日と短く,平均不完全寛解維持期間は40日,平均生存期間は137日であった.1例は肺真菌症により死亡し,他の2例は白血病再発により死亡した.副作用としては感染症,低アルブミン血症,低フィブリノ−ゲン血症,高血糖がみられた.l-asparaginase/vincristine/prednisoloneおよびG-CSFの同時期併用投与による造血幹細胞の細胞回転修飾理論に基づいた治療法は小児難治性急性リンパ性白血病の再寛解導入療法としては良好と考えられたが,寛解維持期間が短く寛解導入後の治療について新たなる考慮が必要と思われた.


     *.緒  言

 分子生物学,遺伝子工学の進歩により,遺伝子組換え型造血因子が実際に臨床応用されるにいたった.遺伝子組換え型ヒト顆粒球コロニー刺激因子(以下G-CSF)を中心に,造血因子が担癌患者の化学療法後,骨髄移植後の血球減少時に投与され,顆粒球造血を刺激することが報告1)-4)されており,今後,さらにその投与法の工夫により癌治療成績の向上に貢献することが期待される.

 多くの難治性急性リンパ性白血病(以下ALL)では,白血病細胞の細胞周期が非常に短く,正常骨髄の回復よりも早く,白血病細胞が増殖してくるのが治療上の問題となり,こういった状態の症例では,短期間のうちに不幸な転機をとるのが一般である.このような細胞周期の短い難治性ALLにおいて,今回,われわれはG-CSFおよび造血前駆細胞への作用の少ないl-asparaginase/vincristine/prednisoloneの同時期併用投与を中心としたプロトコールにより造血前駆細胞の細胞周期を短くし,顆粒球の回復を早くして,すなわち治療間隔を結果的に短縮してその治療を試みたので報告する.

 

      *.症例と方法

 プロトコール(Yokohama refractory ALL protocol 1: 図1)の概要: G-CSFはキリンビール株式会社・三共薬品株式会社より供与されたKRN86014)5)を用いた.S期特異性が高く,しかも造血前駆細胞に対する抑制の強い薬剤によるクールが終了後,翌日より200μg/m2のG-CSFを連日,1時間かけて静脈内投与した.vincristine(1.5mg/m2)はday1,5,12に計3回,prednisolone(60mg/m2)はday1からday8まで連日投与した.l-asparaginase(以下l-asp)は治療開始時より週3回,6,000単位/m2/回を寛解まで継続投与した.各クール施行中に顆粒球の回復(500/μl以上)がみられたら,血小板および網状赤血球の回復傾向がみられるのを待たずに,次のクールを開始した.

 症例1: 発症時,11歳,白血球数13,200/μl,non T,non BでCD 10陽性のALLで,vincristine,prednisolone,l-asp,cyclophosphamide,daunorubicinを中心とした寛解導入療法(TCCSG,高危険群ALL,High risk protocol)6)にて完全寛解となる.骨髄再発をきたし,vincristine(1.5mg/m2×3), prednisolone(60mg/m2×12), doxorubicin(30mg/m2×5), cytosine arabinoside(100mg/m2×12)にて再び完全寛解となる.この再寛解導入時に肺に真菌感染巣を形成した.以後,doxorubicin(45mg/m2×1), cytosine arabinoside(200mg/m2×5)による強化維持療法を1回/月の間隔で継続していたが,2回目の骨髄再発(骨髄に芽球98%)をきたした.これまでにdoxorubicin 300mg/m2およびdaunorubicin 180mg/m2の投与を受けており,心エコー所見で,ejection fractionは50%であった.day-2に白血球数12,000/μlであったが,day 0には80,000/μlと著増し,患児の白血病細胞の細胞回転は短いと判断し,今回,本プロトコールにて寛解導入を試みた.

  症例2: 発症時,13歳,白血球数53,300/μl,non T,non BでCD 10陽性のALLで,vincristine,prednisolone, l-asp,cyclophosphamide,daunorubicinを中心とした寛解導入療法(TCCSG,高危険群ALL,High risk protocol)6)にて完全寛解となる.骨髄再発をきたし,vincristine(1.5mg/m2×3),prednisolone(60mg/m2×12), doxorubicin(30mg/m2×5), cytosine arabinoside(100mg/m2×12)にて再び完全寛解となる.以後,doxorubicin(45mg/m2×1), cytosine arabinoside(200mg/m2×5)による強化維持療法を1回/月の間隔で継続していたが,2回目の骨髄再発(骨髄に芽球95%)をきたした.それまでにdoxorubicin 300mg/m2およびdaunorubicin 180mg/m2の投与を受けており,心エコー所見では,ejection fractionは50%であった.day -10の骨髄所見では寛解であったがday 0の骨髄所見において芽球を95%認めたことより患児の白血病細胞の細胞回転は短いと判断し,今回,本プロトコールにて寛解導入を試みた.

 症例3: 発症時,1歳,白血球数130,900/μl,non T,non B,CD 10陽性で9p-の核型異常を有するALLで,vincristine,prednisolone, l-asp, cyclophosphamide, daunorubicin, cytosine arabinoside, 6-mercaptopurineを中心にした寛解導入療法(TCCSG,超高危険群ALL, HEX protocol)7)にて完全寛解となるも,骨髄再発(骨髄に芽球98%)をきたした.vincristine(1.5mg/m2×3), prednisolone(60mg/m2×12), doxorubicin(30mg/m2×5), cytosine arabinoside(100mg/m2×12)により治療するも再寛解導入不能であった.day -2の白血球数が15,000/μlであったが,day 0の白血球数が120,000/μlと著増したため,患児の白血病細胞の細胞回転は短いと判断し,今回,本プロトコールにて寛解導入を試みた.治療開始前の心エコー所見ではejection fractionは65%であった.

 上記3症例とも,本プロトコールによる治療開始前より,ALL再発のため全身状態不良,経口摂取不良のため完全中心静脈栄養を施行しており,本治療施行中も引き続き完全中心静脈栄養を行った.

 治療効果判定基準としては木村の基準8)9)に従い評価した.

     *.結  果

 症例1(図2): 1クール施行後,骨髄穿刺所見(day 49)にて,芽球が18.0%まで減少し,2クール終了後,骨髄穿刺所見(day 84)で,不完全寛解(芽球は5%以下であるが,顆粒球系のみの造血回復のため,木村の基準8)9)では完全寛解とはならない)を確認した.その後,同プロトコールを1クール施行したが,既に形成されていた肺真菌感染巣が悪化して呼吸不全にて死亡した.死亡時の骨髄所見(day 99)では不完全寛解であった.顆粒球以外の血球の回復を待たずに次のクールを開始しているので完全寛解は確認されていない. 症例2(図3): 2クール施行後,骨髄穿刺(day 48)にて芽球25.5%,4クール施行後(day 98),芽球8.0%まで減少し,5クール終了後,骨髄穿刺所見(day 120)で不完全寛解(芽球は5%以下であるが,顆粒球系のみの造血回復のため)を確認した.以後,同プロトコールを2クール施行したが,本治療開始後,185日目に骨髄再発をきたし,day 191に再発にて死亡した.症例1と同様に顆粒球以外の血球の回復を待たずに次のクールを開始しているため,完全寛解は確認されていない.

 症例3(図4): 本例では,doxorubicin 150mg/m2,daunorubicin 75mg/m2とこれまでのアントラサイクリン系の薬剤の使用量が300mg/m2以下で,しかも心エコー,心電図にて問題を認めなかったので,本プロトコールにmitoxantrone(10mg/m2×4)を併用した.強い骨髄抑制がみられたが,1クールにてday 60の骨髄所見で不完全寛解が得られ,day 87には3系統の回復も伴い,完全寛解を確認した.しかしながら本治療開始後,101日目に骨髄再発をきたし,day 120に再発のため死亡した.

 副作用:l-aspによると思われる低fibrinogen血症(症例1,2,3),低albumin血症(症例1,2,3)がみられ,新鮮凍結血症およびalbumin製剤にて補充が必要であったが,治療継続可能であった.またl-aspによると思われる高血糖(症例2)が認められた.これはinsulin療法により対処でき治療実施可能であった.骨髄抑制が種々の程度で全例にみられた(図2,3,4)が,全例において単球の回復よりも顆粒球の回復傾向が先行してみられた.顆粒球減少時には発熱がほぼ必発した.赤血球系,血小板系抑制に対しては,濃厚赤血球輸血と血小板輸血が定期的に必要とされたが,治療継続可能であった.

 

     *.考  察

 近年,主要な造血因子は純化精製され,その遺伝子のクローニングが完了し,大量の遺伝子組換え型の造血因子が産生され,実際に臨床応用されるにいたった.特に,遺伝子組換え型ヒト顆粒球コロニー刺激因子(以下G-CSF)については,担癌患者の化学療法後,骨髄移植後の血球減少時に投与され,顆粒球造血を刺激することが報告1)-4)されている.そして今後は,多くの抗白血病剤のdose-limiting factorとして,骨髄抑制,中でも好中球減少が問題になっていることから,その臨床応用により,より効果的な化学療法を施行しうる可能性が期待されている.

 そして一方では,造血因子を白血病などの悪性腫瘍患者へ投与する際には,in vitro実験系による検討結果などより,腫瘍細胞の増殖が刺激される可能性を考慮し,その投与適応については慎重でなければならないことも指摘されている5) 10)-14).

 ALL再発例では,再寛解導入時に症例1のように真菌性感染症などの合併が大きな問題となり,それが致命的となる可能性が大きいことより,G-CSFの投与は適応であるとわれわれは考えている.むしろ症例1から示唆されるように感染巣を形成する以前よりG-CSFの積極的投与が必要であると思われた.また今回の検討結果より,G-CSFにより造血前駆細胞の細胞周期が短縮され,その結果,治療間隔を短縮することによって,白血病細胞の細胞回転が速くなっている不応性白血病患者を寛解へ導入できることも示され(図5),その点からも難治性ALL再発例に関しては,G-CSF投与による利点が大きいと思われた.

 in vitroでのG-CSFの正常造血前駆細胞に対する作用として,Ikebuchiら15)は顆粒球系コロニー形成の刺激作用以外に,多能性造血前駆細胞のG0期を短縮させ,active cell cyclingへ誘導する作用を報告している.今回の症例2の検討結果では,血小板と網状赤血球の回復のみられる以前に次のクールの化学療法を開始することを繰り返しても顆粒球系前駆細胞が枯渇することなくG-CSFにより顆粒球の回復が繰り返しみられた.しかも難治性白血病細胞の増殖よりも早く顆粒球の増殖が出現することより,この顆粒球系造血の促進作用には自己複製能を持つ多能性造血前駆細胞のG0期を短縮する作用も関与していることをin vivoにて示唆するものと思われ,Ikebuchiら15)の実験結果を裏付けると考えられた.今後は本プロトコールの治療効果をさらに確実なものとして示すには,さらなる症例の蓄積が必要とされるが,今回,われわれの経験した症例により,この正常造血のcell kineticsを修飾した治療理念の有用性が示されるものと考える.

 多くの難治性ALL患者では,それまでに,大量のアントラサイクリン系の薬剤が使用されており,再寛解導入する際には,症例1,2のようにアントラサイクリン系薬剤の使用が制限される症例が多い.そして,このような症例では最近,l-aspの頻回投与が有用であることが報告16)17)されているが,今回の症例1,2のような症例では,白血病細胞の細胞周期が非常に短く,正常骨髄の回復よりも早く,白血病細胞が増殖してくるのが治療上の問題となり,こういった状態の症例では,多くが短期間のうちに不幸な転機をとるのが一般である.このような細胞周期の短い難治性ALLにおいて,本検討のごとく造血前駆細胞の抑制が少ないvincristine,prednisoloneおよびl-aspの頻回投与にG-CSFを同時期に併用して,治療間隔を短縮することにより,アントラサイクリン系薬剤を使用しなくても,寛解導入が可能であることが示されたものと思われた.

 初発時に超高危険群ALLの早期再発例である症例3では,症例1,2と異なりvincristine, doxorubicin, cytosine arabinoside, prednisoloneを組み合わた強力な再寛解導入療法によっても寛解導入が不能であったが,本プロトコールにmitoxantrone(10mg/m2×4)を併用することにより,1クールで完全寛解導入可能であることが示された.心機能検査より,アントラサイクリン系またはアントラキノン系薬剤の追加使用が可能な症例では,心機能が問題となるまで,本プロトコールにその併用が望まれると考えられた.しかしながら早期の骨髄再発がみられたことより,本プロトコールにより寛解が得られても,引き続き症例1,2と同様に治療間隔を短縮した治療を継続することが寛解を維持するために必要であると考えられた.

 今後,細胞回転の速い難治性白血病の治療として,ここに述べたG-CSFによる造血前駆細胞の細胞回転修飾理論を利用した化学療法の応用が期待され,さらにcytosine

arabinoside少量療法との併用,etoposide経口療法との同時期併用などの治療効果が期待される.また超危険群ALL患児の初回寛解導入療法およびその強化維持療法への適応も今後の課題であると考えられる.

 また,本プロトコールのごとく,G-CSFを併用することにより,顆粒球系以外の造血の回復を待たずに次のクールを開始するような正常造血のcell kineticsを修飾した治療理念に基づく化学療法の効果判定基準に関しては,従来の寛解基準では正確な評価は困難に思われ,新たなる基準の検討が今後,必要であると思われる.

 

     *.結  語

 vincristine,prednisoloneおよびl-asparaginase頻回投与にG-CSF同時期併用を中心とした多剤併用療法により治療した小児難治性急性リンパ性白血病の3例について報告した.

 1.ALL再発例ではG-CSFの投与は適応であって,しかも感染巣を形成する以前よりG-CSFを投与することが必要であると思われた.

 2.アントラサイクリン系の薬剤使用に制限のあるALL再発例の寛解導入においても,本プロトコールの有用性が示された.

 3.細胞周期の短い難治性ALLにおいては,本検討のごとくG-CSFにより造血前駆細胞の細胞回転をさらに短くして,すなわち結果的に治療間隔を短縮することによる段階的治療により寛解導入が可能であることが示された.

 4.超高危険群ALLの早期再発例の再寛解導入療法として,本プロトコールにmitoxantroneを併用した組み合わせが有用であることが示唆された.

 

 

 

 

 

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