原著

小児気管支喘息824例における血清IgE値と特異的IgE抗体に関する検討

梶ケ谷保彦,

 

Key words: 気管支喘息,血清IgE値,特異的IgE抗体

      要    旨

 小児気管支喘息824例(男児487名,女児337名)における非特異的および特異的IgEについて検討した.月別の血清総IgE値の平均値については冬春に対して夏秋の値が高値をとる傾向を認めた.また小児喘息では,陽性率の高いハウスダストのCAP-RAST値の月別平均陽性率については冬春夏に対して秋の値が高値をとる傾向を認め,血清総IgE値の変動の秋に高い部分については,ハウスダストなどの特異的IgE抗体の上昇が関与している可能性が考えられた.今後はその他の環境要因や遺伝的要因に関する検討も今後,必要と思われた.血清総IgE値もRAST陽性率もその変動と発作頻度とは相関を示さないことから,この変動について,今後,その病態生理学的および臨床的意義に関する検討も課題であると考えられた.

      緒    言

 近年,ハウスダストアレルギー,食物アレルギーおよび花粉症などが増加傾向にあり,一般の地域住民の健康への影響として,大きな社会問題の一つとなってきている.これらは吸入性あるいは食事性抗原であり,特異的IgE抗体として患者血清中に検出される.そもそもIgE抗体の産生は寄生虫病の際に活性化される自己防衛免疫システムで,人類が進化する過程で作り上げたものであった.しかし最近の急激な社会環境の変化,社会生活様式の変容に伴い,寄生虫病がなくなり,IgE産生システムの標的が,種々の抗原物質の暴露に対して向けられ,免疫というよりもアレルギーの主体となってきているようだ.そのような背景から,IgE産生システムが本来の目的の自己防衛から,個体に不利となる組織障害をもたらす病態,即ち各種アレルギー疾患として顕性化する要因へと置き換えられているとする「アレルギー寄生虫代替説」なども最近,提唱1)されている.したがって環境の変化により遺伝子レベルでの再構成がおこり発現するIgEの調節機構に関する環境遺伝学的,発生学的および病態生理学的アプローチは今後も注目される研究課題となっている.

 今回,われわれは横浜市栄区周辺地域の小児気管支喘息患児824名における血清IgE値の解析を加え,その変動について検討したので報告するとともに環境要因としてのダニ,花粉,動物,真菌,食物抗原に対する特異的IgE抗体の陽性率についても検討を加えたので報告する.

      対 象 と 方 法

 対象は乳児から15歳までの当科で経験した気管支喘息患児824名で,男児487名,女児337名,平均年齢64か月であった.期間は944月から953月までの1年間に受診した患児を対象とした.

 血清総IgE値は蛍光酵素免疫法(FEIA)2)で測定した.特異的IgE抗体はCAP-RAST3)で測定した.測定項目はヤケヒョウヒダニ, コナヒョウヒダニ, ハウスダスト1, ハウスダスト2, スギ, ブタクサ, カモガヤ, ハルガヤ,ヨモギ, ネコのフケ, イヌの上皮, アスペルギルス, カンジダ, ランパク, ランオウ, 牛乳, 大豆, 小麦, , 蕎麦の20種類について検討した.対象症例は全例,血清総IgE値を測定し,定期受診児は年2回以上,保険診療範囲内で測定した.特異的IgE抗体は,1回目の検査では,まず上記20項目中の10項目を選定し測定し,2回目以降は残りの項目を選び測定した.

 対象患児の喘息予防治療の内訳としては,図1に示したような薬剤を中心に,年齢,発作頻度,薬剤コンプライアンスなどから,これらを組み合わせて行っている.

       結    果

 血清総IgE平均値の解析対象となった1年間全体の測定検体数は延べ2,199検体であった.月別の血清総IgE平均値についての検討結果を表1に示す.12月から5月の冬から春にかけては,平均値が300IU/mlから400IU/ml台で,6月から11月の夏と秋にかけては,500IU/mlから600IU/ml台と冬春に比して夏秋の値が高値をとる傾向を認めた.

 月別の血清総IgE値と発作頻度の関連性に関する検討(表2)では,発作頻度の高いのは春の3月と秋の11月であったが,IgEの変動とは有意の相関はみられなかった.

 次に各種抗原に対する特異的IgE抗体の陽性率について図2に示す.陽性率の高い抗原順位としては,ヤケヒョウヒダニ,ハウスダスト2,ハウスダスト1,コナヒョウヒダニ,スギ,ネコのフケ,ランパク,カンジダ,カモガヤ,ハルガヤ,小麦,牛乳,ブタクサ,蕎麦,ランオウ,大豆,ヨモギ,イヌの上皮,アスペルギルス,米の順で,小児気管支喘息については,ダニ,ハウスダスト(以下,HD)を中心にして多種抗原に対して陽性率の高いことがわかる.この結果をもとに生活および環境整備に関する指導を行っている. この中で,HD1については最も多数の検体数である延べ1,666例について検討が行えたので,HD1の変動について解析した.HD1の特異的IgE抗体陽性率の月別平均(表3)については冬春夏の陽性率が52.1から57.2%であるのに対して秋の陽性率は64.6%と高値をとる傾向を認めた.

 次にHD1の特異的IgE抗体陽性率と発作頻度の関連性に関する検討(表4)では,発作頻度の高いのは春の3月と秋の11月であったが,RAST陽性率の変動と発作頻度とは有意の相関を示さなかった.

       考    察

 小児気管支喘息の発症機転に関しては種々の要因が複雑に関与しており,未だ解明されていない部分が多く,従って気管支喘息発作の予防と根絶は未だ容易ではないのが現状である.小児の気管支喘息の大部分はアトピー型に属し,IgEがその病因として重要な役割をはたしていることまでは判明しているが,その産生システムの環境遺伝学的,病態生理学的意義に関しては今後の研究課題となっている.

 即時型 アレルギー反応が血清中のレアギンにより他人にうつすことが可能である事実はP-K反応として長らく知られていた.1966年,Ishizaka4)によりレアギンは新しいクラスに属する免疫グロブリンであることが証明され,IgEと呼ばれるようになった.健常人では血清中に0.3μg/mlときわめて微量に存在する.IgEの分子量20万でH鎖は5つの領域(ドメイン)に分かれている.Fc部分がマスト細胞や好塩基球との結合に関与する.IgE遺伝子はBリンパ球分化の過程で,遺伝子組み換えによりV領域遺伝子のうちの一部が C領域遺伝子に結合,つまり再構成して発現する(V-J, V-D-J組み換え).これにより各々のB細胞クローンの抗原特異性が決定される.IgEは気道・消化管粘膜・リンパ節のB系細胞から産生され,血液中を循環する.一方,マスト細胞/好塩基球の細胞膜上に存在(同種組織親和性を有する)し,外来抗原と反応し種々のmediatorの遊離を引き起こす.

 今後の基礎的研究課題としては,アレルギー疾患患者におけるIgEの持続的産生のメカニズムの解明およびTリンパ球を含むサイトカイン・ネットワークのアレルギー性炎症成立に関わる詳細な機序の解明があげられる5)

細胞レベル・遺伝子レベルにおいて解明されつつあるIgE産生機構をもとに,IgE抗体の産生を制御することがアレルギー疾患の有力な治療手段となる可能性があると考えて,現在,臨床では種々のアプローチがなされており数々の報告がある.

 その一つにこれまでに小児および成人気管支喘息における通年的血清IgE値変動の報告67)や一般住民を対象とした通年的血清IgE値解析の報告8)がある.今回,われわれは月別の血清総IgE平均値について解析したところ,冬から春にかけては,平均値が300IU/ mlから400IU/ml台で,夏と秋にかけては,500IU/mlから600IU/ml台と冬春に比して夏秋の値が高値をとる傾向を認めた.しかし血清総IgE値の変動と発作頻度の関連性に関する検討では相関はみられなかった.各種抗原に対する特異的IgE抗体の陽性率についての検討では,ダニ,ハウスダストを中心にして多種抗原に対して陽性率の高いことがわかり,この中でも,陽性率が高く,また延べ1,666例の検索が行えたHD1の特異的IgE抗体陽性率の月別変動についての検討では,冬春夏に対して秋の値が高率をとる傾向を認めた.血清総IgE値の秋に高い部分については,ハウスダストなどの特異的IgE抗体の上昇が関与している可能性が考えられるが,その他の要因,アトピー合併の有無による差異などに関する検討も今後,必要と思われる.

 緒言でも述べたが,「アレルギー寄生虫代替説」なども最近,提唱1)されており,IgEを産生することの環境遺伝学的,発生学的,生理学的,病理学的意義に関しては今後も注目される研究課題となっている.アレルギー歴のない母体から出生した多数の正常新生児の臍帯血中のIgE値を検討した報告910)では,やはり変動のあることが示されており,アレルギー以外の変動要因として,環境要因や遺伝的要因も可能性として示唆されており,従って,今回の検討で判明した,IgEの変動に対する解釈もやはりそういった視点から,今後,解析して行う必要性があると考えている.

       結    語

 小児気管支喘息患児824名における血清総IgE値の解析を加えるとともに環境要因としてのダニ,花粉,動物,真菌,食物抗原に対する特異的IgE抗体の陽性率について検討を加えた.

 血清総IgE値の各季節の平均値については冬春に対して夏秋の値が高値をとる傾向を認め,また特異的IgE抗体陽性率の高いHD1の抗体陽性率については冬春夏に対して秋の値が高値をとる傾向を認めた.この変動について,環境要因や遺伝的要因について解析も加えながらその病態生理学的および臨床的意義に関する検討が今後の課題であると考えられた.

       文    献

 1.藤田鉱一郎: 寄生虫学からスギ花粉症の増加の原因を考える.アレルギーの臨床 16(3):195-199, 1996.

 2.竹内透: 小児の血清IgE値に関する研究.アレルギー 30(10):976-984, 1981.

 3.国分二三男,岡田陽子,洲之内建二,他: 特異的IgE抗体検出法およびアレルギー診断におけるCAPシステムの有用性について.臨床免疫 22(11):1722-1730, 1990.

 4.Ishizaka K, Ishizaka , Hornbrook MM: Physico chemical properties of human reaginic antibody. C presence of a unique immnoglobulin as a carrier of reaginic activity. J Immunol 97:75-85, 1966.

 5.奥平博一: 気管支喘息の成立機序.喘息の基礎から臨床まで.伊藤幸治編,医薬ジャーナル社.大阪 p.21-26, 1995.

 6.渡部創,鏑木陽一,林なおみ,他:気管支喘息児におけるIgE値の経年的測定に関する検討.日本小児科学会雑誌 91(8), 2753-2758, 1987.

 7.大岩茂則:気管支喘息患者における血清IgEレベルおよび特異IgE抗体価の変動に関する研究.アレルギー 30(2), 93-100, 1981.

 8.山崎貢,松井博範,船橋満,他:一般住民におけるコナヒョウヒダニほか7種類の吸入性抗原に対する特異的IgE抗体陽性率の検討.日本公衛誌 41(7), 643-647, 1994.

 9.Hansen LG, Host A, Halken S, et al: Cord blood IgE. I. IgE screening in 2814 newborn children. Allergy 47:391-6, 1992.

 10Bjerke T, Hedegaard M, Henriksen TB, et al: Several genetic and environmental factors influence cord blood IgE c oncentration. Pediatr Allergy Immunol 5:88-94, 1994.

 

 

 

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