原著

アレルギー性紫斑病における血液凝固第XIII因子活性の臨床的意義に関する検討

梶ケ谷保彦,

 

Key wards: アレルギー性紫斑病,血液凝固第XIII因子

 

要旨:小児アレルギー性紫斑病における血液凝固第XIII因子活性の臨床的意義に関して検討した.当科で最近,経験したアレルギー性紫斑病16例の臨床症状重症度scoreと第XIII因子活性の間には有意の逆相関がみられた.紫斑の出現する以前より,腹痛を訴えて診断が困難であった症例では,すでに第XIII因子活性が低下していることが判明し,早期診断に有用であると思われた.腹部症状の強く長期に高カロリー輸液を必要とした重症型のアレルギー性紫斑病では,第XIII因子活性の値が病勢を反映し,第XIII因子製剤の投与の目安として有用であった.したがって,特に腹部症状のある小児アレルギー性紫斑病において第XIII因子活性測定は臨床的に診断および治療方針を決める指標となりその意義は大きいものと思われる.今後,症例の蓄積によりその意義が次第に明らかになることを期待する.

       緒    言

  アレルギー性紫斑病(Henoch-Schonlein Purpura,以下,HSP)は小児に好発する後天性出血性疾患で,出血斑,腹部症状,関節症状,腎症状など多彩な臨床像を呈する1).本症は,通常の凝血学的所見では異常を示さないが,血液凝固第XIII因子活性が低下することを特徴とする2)-4).しかしその臨床的意義に関しては課題とされる部分が多い.今回,われわれは臨床症状,重症度と第XIII因子活性の関連性について検討を加え,さらに第

 XIII因子活性の臨床的な意義について示唆にとむ知見が得られた症例の詳細について述べ,あわせて考察を加えたので報告する.

      対 象 と 方 法

  平成4年4月より7年3月までに,われわれの施設において,HSPと診断し入院加療した16例を対象とした.腹痛あるいは関節痛のある症例を入院適応とした.

   各症例の病初期に福井ら5)の「臨床症状別score」に基づいて重症度をscore化した.

 score 4点以下を軽症,510点を中等度,11点以上を呈した症例を重症とした.

  血液凝固第XIII因子活性の測定は,蛍光法にて行った.

  治療としては,上記の重症度を指標にして,@乾燥濃縮ヒト血液凝固第XIII因子製剤.A副腎皮質ステロイド剤の一方あるいは両者を投与した.@は第XIII因子活性として40/kg3日間,連続を1クールとして投与した.Aはprednisoloneとして2mg/ kg/ dayを連日投与とした.

       結    果

  対象症例は2歳から14歳までで,平均年齢は7.4歳であった.性別では男児7例,女児9例で,各症例の臨床症状別score分布は,軽症4例,中等度10例,重症2例であった.全症例の平均第XIII因子活性は62.3%で,これまでに福井ら5)が報告したXIII因子活性の正常値である119.5%と比較すると低値を示していた.臨床症状重症度scoreと第XIII因子活性との関連性では,scoreと因子活性が逆相関(相関係数 -0.813,p<0.0001)の関係を示していた(図1).第XIII因子製剤を投与したのは14例,副腎皮質ステロイド剤の投与例は13例で,両者併用例は11例であった.

  次に第XIII因子活性の臨床的意義に関して,示唆に富むHSPの症例を示す.診断の決め手となる皮下出血斑の出現する以前より,

 XIII因子活性の低下が観察され,早期診断の指標となるうる可能性を示した症例1および高カロリー輸液を必要とした重症型HSPにおいてXIII因子活性が病勢を反映し治療方針を決めるうえで有用であった症例2の臨床経過について述べる.

  症例1:5歳,女児.

  主訴:腹痛,嘔吐.

  家族歴・既往歴:特記事項なし.

  現病歴:臍周囲の腹痛が出現し持続かつ増強し,4病日には嘔吐も伴ったため入院となる.

  入院時検査所見(表1):尿ケトン体が強陽性で,血液検査所見では炎症反応が軽度である以外,特異所見はみられなかった.

  入院後経過:理学的所見と検査所見より軽い脱水症を伴う急性胃腸炎と考え,絶食と補液療法を行った.次第に軽快傾向がみられたため10病日に退院したが,11病日に再び,腹痛,嘔吐がみられ増悪したので12病日に再入院した.

  再入院時現症状:全身皮下に出血斑はなく,結膜に貧血,黄疸はなかった.臍周囲に圧痛を認めたが,腹部膨満や筋性防御はみられなかった.関節の腫張,疼痛はみられなかった. 再入院時検査所見(表2):血小板数は正常,PTおよびAPTTは正常であった.ヘパプラスチンテストも正常で,血中FDPの上昇はなかった.血液凝固第XIII因子活性は45%と低下していた.

  再入院後経過(図2):腹部症状が断続しながら持続するため基礎疾患の検索を行ったところ,XIII因子活性が45%と減少していたため,紫斑はみられなかったが基礎疾患としてHSPの存在を念頭においていた.その後も腹痛が断続しながら持続し,25病日より赤血球尿が陽性となり,28病日より下肢に紫斑が出現してきたためアレルギー性紫斑病と確診したprednisolone(1mg/kg/day) および1クールの第XIII因子製剤の投与を行い,症状の劇的な軽快が得られた.蛋白尿はみられず腎機能も問題なく,尿潜血も軽快し退院した.現在まで紫斑病の再発はなく尿所見も問題なく経過している.本例の臨床症状重症度scoreは9点であった.

  症例2:8歳,女児.

  主訴:嘔吐,四肢の紫斑,腹痛.

  家族歴・既往歴:特記事項なし.

  現病歴:四肢に紫斑,2病日より腹痛,嘔吐が出現し増悪するため4病日に入院となった.

  入院時現症:四肢の皮下に出血斑を多数,認め,結膜に貧血,黄疸はなかった.臍周囲に著明な圧痛を認めたが,腹部膨満や筋性防御はみられなかった.右手関節の中等度腫脹と疼痛を認めた.

  入院時検査所見(表3):血小板数は正常,PTおよびAPTTは正常であった.ヘパプラスチンテストも正常で,血中FDPの上昇はなかった.血液凝固第XIII因子活性は43%と低下していた.

  入院後経過(図3):入院時のXIII因子活性は43%と低下し,紫斑,消化機症状,関節症状もはっきりしていたためHSPと確診し,prednisolone(2mg/kg/day)およびXIII因子製剤の投与を行った.しかし経口摂取を行うとそのたびに強い腹痛発作が出現することを繰り返した.従って経口摂取が長期にわたり困難となったため,高カロリー輸液を110日間,施行することになった.またその間,絶飲食としていたが,XIII因子活性が50%以下まで低下すると経口摂取なくとも著明な腹痛発作が出現し,XIII因子製剤の補充療法により軽快するということを繰り返した.経過中,計4クールのXIII因子製剤の補充療法を行った.従ってこの症例ではXIII因子活性が腹部症状をよく反映していたので治療方針を決める指標となった.経過中,蛋白尿および血尿を一過性に認めたが,腎機能は問題なく,蛋白尿と尿潜血も軽快し退院した.本例の臨床症状重症度score14点であった.

       考    察

  HSPの本態はアレルギー機序による細小動脈および毛細血管の血管炎と考えられ,この血管炎の成因としてIgA免疫複合体の関与が報告1)されている.この疾患は小児に好発する後天性出血性疾患で,出血斑,腹部症状,関節症状,腎症状など多彩な臨床像を呈する.また本症は,通常の凝血学的所見では異常を示さないが,血液凝固第XIII因子活性が低下することを特徴とする2)-4).血液凝固第XIII因子は,酵素活性を示す2つのsubunit (分子量320,000) と2つのcarrier proteinsubunit (分子量76,000)から構成される4量体(分子量320,000)の糖蛋白として血漿中に存在する6).このHSPの急性期に第XIII因子が低下することは,1977年,Henriksson2)により発見された.第XIII因子活性が低下する後天性疾患としてHSP以外には潰瘍性大腸炎,クローン病,新生児壊死性腸炎などの腸病変,重症肝疾患,重症血液疾患,火傷,手術後などが報告されている7)-10).XIII因子活性が増加する疾患としては川崎病が報告11)されている.HSPにおいて第XIII因子が低下する機序については明確にはされてはいないが,血管炎による管腔内凝固亢進状態への第XIII因子の動員,血管破綻部での安定化フィブリン形成,組織修復過程での第XIII因子の消費および消化管損傷粘膜から遊走した蛋白分解酵素による第XIII因子の破壊などが推測されている1).

  Henriksson2)の報告では,急性期のHSPの17例中13例において第XIII因子活性の低下がみられ,福井ら5)も第XIII因子活性が正常小児の平均値(119.5±28.7)に比して,

 55例のHSPにおいて平均因子活性値として77.6±32.4(8.4152.0)%を示し同様の結果を報告している.

  今回のわれわれの検討結果では,臨床症状重症度scoreと第XIII因子活性の間には有意の逆相関がみられた.紫斑の出現する以前より,腹痛を訴える症例ではすでに第XIII因子活性が低下していることが判明し,早期診断に有用であると思われた.腹部症状の強い重症型のHSPでは,第XIII因子活性の値が腹部症状と逆相関し,第XIII因子製剤の投与の目安として有用であった.したがって,腹部症状のあるHSPにおいて第XIII因子活性測定の意義は臨床的に診断,治療方針を決めるうえで大きいものと思われる.

  今後の診断および治療を進めて行く上での課題としては,第XIII因子活性の低下と疾患特異性に関するさらなる検討と第XIII因子補充療法における臨床的利点,たとえばステロイド剤と第XIII因子製剤との併用効果により,ステロイドの総投与量の減量が期待できないかなどが上げられ,今後,症例の蓄積により有意差検定を行い,その意義が次第に明らかになることを期待する.

       結    語

  最近,当科で経験した小児HSP16例の血液凝固第XIII因子活性についてその臨床的意義を中心に臨床的検討を加えた.臨床症状重症度scoreと第XIII因子活性の間には逆相関がみられ,特に紫斑の出現する以前に腹部症状を呈するHSPにおいて,活性を測定することが早期に診断するうえで,また重症例ではXIII因子補充療法の時期などの治療方針を立てるうえで有用であることが示された.今後,遺伝子組換え型第XIII因子製剤のHSPに対する臨床応用が期待されているが,その応用を進める上でも,XIII因子活性の臨床的意義に関してさらなる検討が期待される.

        文    献

 1)白幡聡: アレルギー性紫斑病と血液凝固第XIII因子. Biomedical perspectives 1:117-124,1992.

 2)Henriksson P,Hender U,Nilsson IM: Factor XIII(Fibrin stabilising factor) in Henoch-Schonlein's purpura. Acta Pediatr Scand 66:273-277,1977.

 3)Dalens B,Travade P,Labbe A,et al: Diagnostic and prognostic value of fibrin stabilising factor in Schonlein-Henoch syndrome. Arch Dis Child 58:12-14,1983.

 4)福本哲夫,稲垣稔,白幡聡,: アレルギー性紫斑病における第XIII因子の変動.臨床 血液 20:251,1978.

 5)福井弘,上辻秀和,長尾大,:小児Henoch-Schonlein Purpuraに対するpasteurized factor XIII concentrateの臨床評価. 小児科臨床 41:1065-1074, 1988.

 6)Schwarts ML,Pizzo SV,Hill RL,et al: Human factor XIII from plasma and platelets. J Biol Chem 248:1395-1407,1973.

 7)白播聡: XIII因子.小児科診療 43438-444l980.

 8)鈴木亮一,戸田裕,佐々木賢二,: 潰瘍性大腸炎における血液凝固因子,とくに第XIII因子について.日消誌 84:307-,1987.

 9)D'Argenio G,Ciacci C,Sorrentini Iet a1: Serum transglutaminase in inflammatory bowel disease. J Clin Gastroenterol l2:400-404,1990.

 10Standnicki A,K1oczko J,Nowak A,et al  : Factor XIII subunits in re1ation to some other hemostatic parameters in ulcerative colitisAm J Gastroenterol  86:690-693,1991.

 11)安居資司,上辻秀和: MCLSにおける血中凝固,線溶能の動態.第1回近畿川崎病研究会会誌 1:22-26,1982.

 

 

 

 

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