原著論文

 

当小児科診療の病院経営的付加価値に関する解析

梶ヶ谷保彦,他

 

Key words小児科診療(medical examination of pediatrics)病院経営(hospital management)

 

要旨 当小児科の経営的付加価値に関する複式的観点からの検討では,@過去13年間,小児科の大型新規設備投資はなく更新償却分のみで極めて効率的であった.A出来高に依存しない入院基本料率も診療単価の60%以上と高かった.B小児救急に対する補助金と保健医療による収益が保険診療報酬とは別に算定されていた.C集科的診療の結果,小児科発生の加算の94%が他科算定になっていた.D急性期加算の在院日数要件を満たすには,院内最短の小児科入院医療の存在が必須条件となっていた.E管理加算取得あるいはシステム向上のための委員会には小児科医の登録が11に及び支援度が高かった.これらは単式決算書と診療単価に基づく各科別統計からは読取ることはできず経営を論ずるには合理性を欠いていた.これからの病院経営は種々の要素の持つ経営的付加価値をきめ細かく複式的かつ多面的に解釈し,それに基づく評価と投資を行うことが望まれた.

 

緒     言

 たび重なる医療制度改変に対応する形で病院の経営基盤確立1,2)1990年代の主要なテーマとなって病院改革が進み,本邦では病院はまず単式簿記と診療単価から採算性を論じて生き残ろうとしてきた.しかし収支の単式評価,すなわち収入から支出を引算するような経営評価では,まず第一に各科割の支出が算出されてこないので,たとえば小児科が実際にどれくらいの支出をしているのかわからいまま,ただ診療単価が低いということで稼ぎの悪い科とされてきた.

病院の損益決算表(表1),病院段階収支として,収入合計から支出合計を単に引き算したものしか示されない.そして診療単価の各科別の比較表が表2のように,小児科は内科と外科にはさまれて評価され.従って,各科の経営評価は診療報酬(主に診療単価)の収入額により評価され,しかもこれが国民医療費を増大させてきた.

第二に大型設備投資後の減価償却費も,その減価の各科割の償却が算出されてこないため,社会資本投資後に単式で赤字になると,責任の所在が診療報酬の低い部門に多くは向けられ,しかも将来の新規設備投資計画に際してもかかる部門が除外され,特に都市部の小児科が物理的に消失していた.さらに2000年代,良質な医療を提供し続けるためには病院経営は複式の観点を持って評価される事が重要と考え,これを証明することを目的に,今回,特に単式の観点では不採算と誤解されやすい小児科診療を複式的にその病院経営的付加価値を解析し,病院経営評価全体の盲点について述べる

 

小児科経営の複式的経営解釈

 単式簿記とは,広辞苑によると,「家計簿・小規模組織の現金出納帳・官庁簿記の一部などにみられる簿記の総称.現金収支などの特定の事実を単式記入するだけなので,記入対象(たとえば現金)の増減と残高しか把握できない」とされ,複式簿記とは,「すべての取引を借方要素と貸方要素とに分解し,各要素を継続的・組織的に記録することによって,貸借対照表と損益計算書が誘導的に作成できるように仕組まれた簿記」となっている.本論文で用いている,「複式的」とは,単式評価の持つ,現金の増減と残高しか把握できない欠点とは,対称的に,複数の経営に及ぼす要素を,継続的・組織的に分析かつ集積し,各要素が損益に及ぼす影響を評価するという意味で用いた.

まず,当小児科経営複式的観点の一つである,10年以上にわたる継続的な要素で述べる.1990年から現在まで,過去13年間,小児科の大型(1千万以上)となる新規設備投資はなく更新償却分か備品のみで極めて効率的であったこの間の主な病院の社会資本整備のための投資計画としては新棟建設があった.これは手術棟,内科・外科外来,カテ・内視鏡室などで小児科関連施設はなく約40億円にも及ぶ投資額あった従って,種々の投資における各診療科別の減価償却分がいったいどれくらいなのかが,経営を評価する要素として分析されていないことが現行の単式評価での大きな欠点と考えられる.

 次に診療報酬制度における基本料という要素であるが,入院診療に際しての出来高に依存しない入院基本料率は医療の質の高さを表す部分であるが,小児科ではこの入院基本料率が診療単価の60%以上と高く,成人の診療科では概ね40%となっているのとは対称的であった(表3).これは小児科は経費のかかる割合が少ないことも示しており,経営効率の高い側面と考えられる.

 組織的な要素について述べる.診療報酬制度における組織的加算の最も大きな要素である急性期加算であるが,これは例えば,当院では,455床で年間に2億円の収入になる(表4).これを取得するにあたって,年々短縮されている在院日数の要件を満たすことが必要になるのであるが,院内最短の在院日数で稼動している小児科入院医療の存在(新入院患者数は1,100名以上/で病院全体の12%を占める)が必須条件となってい3)

 周産期救急(),小児輪番救急()に対する公的補助金と予防保健医療(予防接種や乳幼児健診)による収益が小児科の保険診療報酬とは別の組織的収入として算定されていた.しかも診療単価を計算する際に,分母の患者数にはカウントされるも,分子の収入には含まれないで診療単価が実際より低く算定されていそして継続的要素として,夜間時間外救急患者数は,13年で3倍以上に増加しても4),補助金は13年前と同額であった(図1).さらには小児夜間時間外救急を担当する医師の勤務状況改善のための労働基準を充たすことができるような,補助金や診療報酬制度には全くなっておらず,厚生省と労働省が一つになっていても縦割り行政の体質は改善されておらず,制度的に自己矛盾をきしている

 集科的診療の結果,小児科発生の加算の大部分が他科算定に現行の診療報酬制度ではなっている(表5)これは外科系から小児科に転科する例が,6%に対し,小児科から外科系に転科する94%と明らかなバランスの崩れに起因するものであり,内科系診療科すべてにかかわる普遍的な診療報酬制度上の問題点と思われ.例をあげると1ヶ月乳児の手術・点滴・採血を要する患者が小児病棟に入院すると,手術12時間.これは外科系医師が行う.しかし入院中には小児科医により点滴確保とその刺し換え処置を4行い,計2時間かかり,2回は夜間時間外であった.そして採血処置の6も小児科医が2時間をついやし,小児科の時間的手間,暇は大きいのにレセプトはすべてが外科系算定となり外科系の入院収入になって評価されており,これでは公平性のある経営解釈を行うことはできない.

 病院の種々の管理加算を取得するためやシステム向上のための委員会には,当院では小児科医の登録が11の委員会に及び支援度が高かった(表6).しかもこれらの委員会の機能は病院の医療機能評価向上や医療安全管理向上のために貢献しており,経営のみならず,医療の質的向上のために貢献度が高い組織的要素になっている.そして診療の守備範囲が大きく,幅広い常識と良識を要求される小児科医はどこの病院でも普遍的に委員会登録が多いのが一般的である

 

結     語

 これらは単式決算書および診療単価に基づく各科別統計からは読取ることはできず,より公平性と合理性を求めた経営を論ずる手段が必要と思われ.従ってこれからの経営評価は複数の要素の集積とその分析に基づく経営的付加価値をきめ細かく解釈し,それを根拠として評価と投資を行うことが望まれ2000年代の国民医療の健全な在り方からも病院経営は基本料への貢献度など複式の観点から(赤字の場合にはその責任を)評価する経営哲学が普遍的に要求されるものと思われた.

今後,景気低迷,デフレの進行,少子化,就労人口低下,財政赤字という社会病態がまねく社会的弊害を克服すべく構造改革が行われその際には国公立病院や公的病院の採算性がますます問われていくことが予想される.従って経営評価には上記のような複式的要素分析を根拠にした公平性を追求する必要性を訴えること小児科医療を守る上で重要と考えられた.そして一方では診療報酬制度などのシステムに非合理性があれば改善を訴えていくことも重要と考えられ,例えば,小児夜間救急部門のような労働条件改善のために小児科医を増やすと,いくら複式的に経営解釈しても赤字になってしまうような部門ではいずれ採算性を求められる時期がくることは必然であって,事前に小児の診療報酬制度の不具合としてを学会などでも訴えていくことが今後,必要と考えられた.

 

 なお本論文の要旨は第52回共済医学会(20031022日,広島)にて発表した.

 

参 考 文 献

 1)小坂樹徳:医−科学と心.共済医報,40: 55, 1991.

 2)元田憲:横浜栄共済病院の軌跡.共済医報,52: 108-39, 2003.

3)梶ケ谷保彦: 横浜栄共済病院小児科における病診連携と小児科特有の問題点.日本小児科医会会報,21: 61-65,2001.

 )梶ケ谷保彦: 小児地域救急医療のかかえる課題解決のための独自の機能分化とその成果.共済医報,47: 124-128, 1998.

 

 

 

 

 

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