原著

入院加療を要した小児A型インフルエンザウイルス感染症の臨床的検討

梶ヶ谷保彦,

 

Key words: A型インフルエンザウイルス感染症,RSウイルス感染症

      要    旨

 97年度にインフルエンザウイルス感染症にて当科入院加療した43例はすべてA型インフルエンザウイルスH3N2型であった.乳幼児期に入院加療を要する症例が多く,性比では男児に入院加療を要する症例が多かった.

 入院加療したA型インフルエンザウイルス感染症のうち気管支喘息発作を伴っていた症例は27例と合併症の中では最も多く,これらの症例では気道感染が発作の増悪因子であった.また今回の感染を契機に喘息を発症し発作を伴った症例が6例みられた.その後,発作の再発をきたしテオフィリン製剤などによる発作予防投与を長期に必要とした症例は3例あり,これらの症例では気道感染が小児喘息の発症因子の1つと思われた.

 96年度より97年度の方がA型インフルエンザの大きな流行であったのに対し,RSウイルス感染症はそれとは逆の傾向にあり,既存の報告を裏付ける結果であったが,興味深いのは,11月から12月の段階で,すでにRSウイルス感染症の症例数が少なく,1月から2月のA型インフルエンザウイルス感染症の流行を予見する結果とも解釈されたことであった.

 横浜市ではこのような流行性疾患が存在時には,当院のような夜間二次救急病院へ一次救急患者と二次救急患者が混在して深夜帯に多数受診していることから,特に流行時には夜間小児一次救急体制に対する公的支援による整備が必要と考えられた.

       は じ め に

 A型インフルエンザウイルスは毎年,遺伝子構造の突然変異である連続変異を繰り返しながら流行する.10年から40年に1回,それまでの小変異とは全く異なる変異(突然変異ではない)である不連続変異をとげることにより抗体を持たない人類全体を巻き込むpandemic(大流行)を引き起こしている.97年度はその不連続変異の当たり年に相当し全世界的に,WHOを中心に新型インフルエンザウイルスの出現に警戒がなされた1)

 97年度の神奈川県衛生部のA型インフルエンザウイルス感染症による集団かぜの報告数では2)98年1月下旬で既に欠席者累積数が2万人を越え,96年度に比し,97年度は大きな報告数となった.それに一致して当科でも,例年よりもA型インフルエンザウイルス感染症による入院患者数の増加がみられ,それらを集計し臨床的検討を加え,さらにRSウイルス感染症の流行と比較検討し若干の知見が得られたので報告する.

      対

 19974月より983月までに,われわれの施設において入院加療し,A型インフルエンザウイルス感染症とRSウイルス感染症と診断した症例を対象とした.A型インフルエンザウイルス感染症に関しては,92年度から97年度までの計6年間,RSウイルス感染症は96年度の診断確定例も対象とした.

 ウイルス抗体価の検索では,患児のペア血清を用いて抗体価を測定し,有意の上昇を認めた症例のみを同定例とした.

       結    果

 97年度のA型インフルエンザウイルス感染症と診断された症例は計43例であった.すべてH3N2インフルエンザウイルスであった.92年度から97年度までの計6年間の症例数の集計結果では,最も多い入院患者数となった(図1)97年度のA型インフルエンザウイルス感染症入院患児の発症時年齢は,4カ月から14歳で,乳児から5歳の乳幼児期に入院加療を要する症例が多く,27(63)であった.性比では,男児:女児=27161.681.00)と男児に入院加療を要する症例が多かった(表1)A型インフルエンザウイルス感染症としての週別症例数では1月第4週から2月第3週へかけて最も多くみられた(図2)

 RSウイルス感染症と診断された患者数は96年度が計35例,97年度が計6例であった.96年度のほうが多数例経験され,12月がピークであったあったのに対し,97年度は各月とも散発であった(図3)

 A型インフルエンザウイルス感染症もRSウイルス感染症もいずれも死亡例はなかった.A型インフルエンザウイルス感染症の合併症については,表2のごとく様々なものが経験され,脳炎と肝炎の合併例を2例経験したが,後遺症を残さずに軽快した.最も多い合併症は気管支喘息発作であった.

      考     察

 今世紀には3回の pandemic を人類は経験した.1918年のブタ型インフルエンザウイルスであるスペインかぜA(H1N1)型や1957年出現のA(H2N2)型アジアかぜ,さらに1968年に出現したA(H3N2)型香港かぜのような新型インフルエンザウイルスの出現は,全世界にあまねく流行する pandemic となった.その間の interpandemic な時期は,北半球の本邦では,通常,冬から春にインフルエンザは流行する.1977年以降は,A(H1N1)型ソ連かぜ,A(H3N2)型香港かぜ,あるいはB型インフルエンザが入れ替わり立ち代わり,しばしば2種類,3種類の亜型が混合して流行してきている.

 A型インフルエンザウイルスはRNAウイルスで,血球凝集素から識別される表面の抗原性の違いにより,現在までに,15の亜型が発見されている.これまでにヒトに感染を起こしていなかった亜型が1040年に1回の割合で,不連続変異(突然変異ではない)によって新たにヒトの世界に出現してくる.このように,ヒトにとっては新しい亜型のA型インフルエンザウイルスを新型インフルエンザウイルスという.

 豚には鳥に特異性のあるインフルエンザウイルスとヒトに特異性のあるインフルエンザウイルスとの両者に感染をうけるが発症はしない.しかし豚の体内で,たまたま鳥由来のインフルエンザウイルスとヒト由来のインフルエンザウイルスとが同時に感染する状況が発生すると,ヒトと鳥のウイルス間で遺伝子の組換え(ウイルスの遺伝子交雑)を起こし,それがときにヒトに感染性のある新型インフルエンザウイルスとして発生する.これがこれまでの新型インフルエンザウイルスの発生としてウイルス社会学的に推定されてきた原理である1,3)(図4)

 しかしながら97年暮れに新たに香港において,その存在が確認された,H5N1インフルエンザウイルスの遺伝子構造は鳥類由来のものであった.原理的にはヒトには感染性がないと考えられてきたが,香港でH5N1インフルエンザウイルスによる感染で発症し,死亡者のみられたことで,鳥型のH5N1インフルエンザウイルスがヒトへ直接感染することが判明した.新型インフルエンザウイルスH5N1 (avian flu) として,厚生省が「新型インフルエンザ対策検討会」を設置した4).従ってこれまでの豚を介する不連続変異とは全く異なる原理の存在が示唆された.これまでにも遺伝子交雑というウイルスの社会学的な交流史を解明することを目的に様々な研究がなされてきた.92年の報告5)では,豚,鳥およびヒトのインフルエンザウイルスに特異的に存在する遺伝子構造を,PCR による遺伝子増幅法とdotblot ハイブリダイゼーション法を用いて検討を行い,七面鳥ウイルスの場合では,すべての遺伝子が鳥と豚に起源を有するものと,両ウイルスに交雑した型があり,鳥そのものがウイルス交流の場所を提供している可能性が示されている.従って,インフルエンザウイルスH5N1の出現の原理に関しても,鳥がウイルス交雑の場となった可能性も文献的には示唆されている.

 しかし,199798年頃に出現の予想されている,新型の不連続変異ウイルス(従来から言われている豚を介したウイルス遺伝子交雑)の存在は確認されていない.従って98年度以降においても,豚に感染したトリ型インフルエンザウイルス(H5N1インフルエンザウイルスに限らず)が従来の不連続変異を起こしヒトへの感染性の高い新型となり,結果的に大流行かつ多数の死亡者を出す可能性の高いことを念頭において警戒しなければならない.

 A型インフルエンザウイルス感染症の合併症(表3)には種々のものが報告されているが,97年度のわれわれが経験した合併症としては(表2),頻度順では,気管支喘息発作,急性気管支炎,急性肺炎,急性胃腸炎であった.脳炎と肝炎の合併例を2例経験したが,後遺症を残さずに軽快した.A型インフルエンザウイルス感染症のうち気管支喘息発作を伴っていた症例は27例でこれらの症例では気道感染が発作の増悪因子であった.また今回の感染を契機に喘息を発症し発作を伴った症例が6例みられた.その後,発作の再発をきたしテオフィリン製剤などによる発作予防投与を長期に必要とした症例は3例あった.以前にわれわれはA型インフルエンザウイルス感染症による気道感染が小児喘息の発症因子の1つであることを報告6)しているが,今回経験したこれらの症例でも気道感染が小児喘息の発症因子の1つと思われた.

 一方.RS ウイルスは,冬季に流行する呼吸器系ウイルスで,乳幼児ではしばしば致命的な感染症となりうるウイルスである.これまでにインフルエンザの流行を迎えるとRS ウイルスの検出率が著明に低下することが報告7)されており,インフルエンザは,RS ウイルスの流行を抑制することが指摘されている.今回の96年度および97年度の集計結果では,A型インフルエンザウイルス感染症は97年度に大きな流行がみられ,RSウイルス感染症では97年度(6)よりも96年度(35)に症例数を多数認め(図3),既存の報告を裏付ける結果であった.興味深いのは,11月から12月の段階で,すでにRSウイルス感染症の症例数が少なく,1月から2月のA型インフルエンザウイルス感染症の流行をあたかも予見する結果とも考えられ,今後の症例の蓄積と検討が必要と思われた.

 97年度のA型インフルエンザウイルス感染症としての週別症例数では1月第4週から2月第3週へかけて最も多くみられた.97130日は,横浜栄共済病院小児科が横浜市小児夜間二次輪番の当番日であったが,このインフエンザ流行期にあたり,小児夜間救急患者受診数は20名以上であった.その内,3名が深夜帯に入院加療を要した.いずれもA型インフルエンザウイルス感染症であった.これまでにも,われわれは横浜市の夜間小児一次救急体制の問題点については報告8)してきたが,やはり夜間二次救急病院へ一次救急と二次救急が混在して多数受診し,流行性疾患が存在時には特に,夜間小児一次救急体制に対する公的支援による整備が必要と考えられた.

      参 考 文 献

 1) 新型インフルエンザ対策報告書.厚生省医療保険局.199710.

 2)予防接種情報,神奈川県衛生部保健予防課.19982月.

 3Shu LL, Lin YP, Wright SM, et al: Evidence for interspecies transmission and reassortment of influenza A viruses in pigs in southern China. Virology 202: 825-833, 1994.

 4) 新型インフルエンザA: H5N1 情報,神奈川県衛生部保健予防課. 199712.

 5) Wright SM, Kawaoka Y, Sharp GB, et al: Interspecies transmission and reassortment of influenza A viruses in pigs and turkeys in the United States. Am J Epidemiol 136:488-497, 1992.

 6)梶ケ谷保彦,栗山智之,森谷朋子, : 1992年度に入院加療した小児急性肺炎264例の臨床的検討. 神奈川医学会雑誌 22(2): 227-231,1995.

 7)武内可尚:Medical Briefs in Virus Infection, 7(1), 1-4, 1994.

 8)梶ケ谷保彦: 小児地域救急医療のかかえる課題解決のための独自の機能分化とその成果.共済医報 47(2): 124-128, 1998.

 

 

 

 

inserted by FC2 system