1985年に流行したムンプス髄膜炎55例について

 

梶ケ谷保彦、他

 

55 Cases of Mumps Meningitis in The Epidemic of 1985

 

Yasuhiko Kajigaya,et al

 

Key Words:ムンプス,無菌性髄膜炎

 

          は じ め に

 ムンプスは臨床的には、耳下腺の急性腫脹を示す病型が最も多いが、同時に中枢神経系あるいはほかの腺様臓器の症状が出現する全身感染症である。ムンプス髄膜炎の頻度は、流行の性質および観察者の神経系統に対して持つ関心の大小によって異なるが、われわれは1985年に、外来受診したムンプス 195例中、55例(28.2%)のムンプス髄膜炎を経験した。ムンプスの合併症としては、deafnessを1例みとめた。deafnessなどの合併症に対する根本的な対策はムンプス発生数の減少にある。ムンプス生ワクチンの routineな接種の必要性に関しては、一部まだ否定的な意見もあるが、今回の流行の大きさも考えると、ムンプス生ワクチンの積極的な接種が望まれるものと思われた。

     対    象

 1985年1月より12月までに、われわれの施設において経験したムンプス髄膜炎55例(男児44例、女児11例)を対象とした。

 髄液検査は全症例、入院時に施行した。血中および尿中アミラーゼ値も全症例、入院時にブルースターチ法にて測定した。ムンプスウイルス抗体の検索では、患児のペア血清を用いて補体結合(CF)抗体価を測定し、有意の上昇を認めた症例のみを対象とした。脳波検査は発症後4週以内に、50例に施行した。髄膜炎の発症時期による分類は貴田ら1の報告をもとに、分類した。

 なお、尿中アミラーゼ値の positive     controlとしては、1985年1月より12月までに当科の外来を受診したムンプス延べ 140例(ムンプス髄膜炎55例を除く)の受診時、尿中アミラーゼ値を用いた。

     結    果

 1.対象症例(表1)

 55例の患児の発症時年齢は、2歳から13歳で平均は 6.3歳であった。 4歳から7歳に36例(65.5%)と好発したが、3歳以下にも合計7例(12.7%)の発症がみられた。性比は、男児:女児=44:11(4.0:1.0)であった。月別症例数では、8月に11例(20.0%)と夏季に多く認められた。

 2.発症時の臨床所見(表2)

 項部硬直は55例中39例(70.9%)、嘔吐は44例(80.0%)、頭痛は47例(85.5%)と頭痛が多く認められた。項部硬直の有無については、年齢による差異は少なく、頭痛は8歳以上に12例中12例(100%)と全例に認められた。

 発熱は55例中55例と全例に認められた。平均有熱期間は、4.1日であった。有熱期間および年齢による検討では、8歳以上では全例が6日以内に解熱しているのに対し、7歳以下では43例中5例(11.6%)に7日以上の発熱の持続が認められた。

 3.入院時検査所見

 血液検査所見(表3)では、白血球数は、5,000〜10,000/mm3の症例が32例(58.2%)みられ、血沈は20mm/hr以下を示した症例が43例(78.2%)認められた。CRPは陰性または±の症例が48例(87.3%)みられ、また3+以上を示した症例は認められず、炎症反応が軽度のものが多かった。

 髄液検査所見(表3)では、髄液細胞数は5,000/3〜10,000/3の症例が34例(61.8%)、10,000/3以上を示した症例が16例(29.1%)認められた。単核球/多核球は1〜100の症例が52例(94.5%)みられ、1以下を示した症例は認められず、全例が単核球優位の所見であった。髄液CRPは陰性が53例(96.4%)と大部分の症例が陰性であった。髄液蛋白では、30〜150mg/dlを示した症例が36(65.5%)、150mg/dl以上の症例は認められなかった。髄液糖は30〜50mg/dlの症例が26例(47.3%)みられ、30mg/dl以下を示した症例は認められなかった。

 血中・尿中アミラーゼ値(図1)では、尿中アミラーゼ値が正常範囲を示した症例は8例(14.5%)、5,000IU/L以上の症例は21(38.2%)例認められた。血中アミラーゼ値が正常範囲を示した症例は7例(12.7%)みられた。血中アミラーゼ値が正常範囲であるが、尿中アミラーゼ値が5,000IU/L以上を示した症例は3例(5.5%)認められた。血中アミラーゼ値が、5,000IU/L以上かつ尿中アミラーゼ値が、    5,000IU/L以上を示した症例は2例(3.6%)みられた。

 ムンプス髄膜炎55例の尿中アミラーゼ値と病日についての検討(図2)では、第3病日から第7病日にかけて、尿中アミラーゼ高値例を認めた。

 外来受診したムンプス延べ140例(ムンプス髄膜炎55例を除く)の尿中アミラーゼ値と病日についての検討(図2)では、100例(71.4%)が第3病日以内に受診し、第3病日に高値例を最も多数認めた。2回尿中アミラーゼ値を測定している症例は、直線で変化を示しているが、大部分の症例で、上昇傾向を示している。ムンプス髄膜炎55例およびムンプス延べ  140例(ムンプス髄膜炎55例を除く)の尿中アミラーゼ値の比較では、大きな差異をみいだすことはできなかった。

 急性期脳波検査所見(図3)の内訳では、正常範囲以内は9例(18%)、diffuse highvoltage slow を示した症例は32例(64%)、spike あるいは sharp を認めた症例は23例 (56%)、spike and wave を認めた症例は2例(4%)であった。

 4.髄膜炎発症時期による分類Meningitis preparotideaが2例、Meningitis parotideaが45例、Meningitis post- parotideaが8例認められた。耳下腺腫脹と同時か、4〜5日以内に発症した症例が最も多数認められた。 

 図4にMeningitis preparotideaと思われた7歳男児のムンプス髄膜炎の症例を呈示する。頭痛で発症し、第3病日には発熱および嘔吐も出現し、項部硬直も認められたため入院した。髄液細胞数は2,544/3と増多がみられ、尿中アミラーゼ値は正常範囲内であった。第6病日より耳下腺腫張が出現し尿中アミラーゼ値およびムンプスウイルス抗体価の上昇をみとめムンプス髄膜炎と診断された。

 5.合併症  

 難聴例を1例認めた。図5に l-deafness due to mumps と思われた7歳男児の症例の経過およびオージオグラムを示した。耳下腺腫脹で発症し、第5病日頃より発熱および嘔吐が出現し、第10病日に入院した。髄液細胞数は565/3、尿中アミラーゼ値は5010IU/L、ムンプスウイルス抗体価は上昇を示し、ムンプス髄膜炎と診断された。第15病日に軽快退院した。第17病日より左側の聴力低下が出現し、オージオグラムを施行し、l-deafnessと診断された。

 

     考    察

 ムンプスは臨床的には、耳下腺の急性腫脹を示す病型が最も多いが、同時に中枢神経系あるいはほかの腺様臓器の症状が出現する全身感染症である。中尾ら2はムンプスの臨床像を*内分泌系および腺様組織、*神経系、*その他の臓器、*感冒様症状、*不顕性感染の5項目に分類している。神経系では髄膜炎の形をとることが最も多い。その頻度に関しては、髄膜刺激症状を示し髄膜炎と診断されたものが10%認められたとの報告3があるが、流行の性質および観察者が神経系統に対して持つ関心の大小によっても異なる。4

 我々の検討では、195例のムンプス患児中、55例(28.2%) と高率であった。これは、我々の施設が地域医療の中心機関であることから、嘔吐・頭痛などの症状の強い症例が集まったためとも思われたが、ムンプスの中で髄液細胞数増多を示す頻度は60%以上との報告5もある。 

 ムンプス髄膜炎の臨床像は、好発年令では、幼児、学童の低学年に多く、女児より男児に多くみられる6。発熱は全例に認められ、項部硬直は頭痛、嘔吐よりも頻度が低く、項部硬直が診断のきめてにはならない7 8。頭痛よりも嘔吐を認める症例が高率である7 8。

 今回のわれわれの検討でも4歳から7歳に多くみられ、男女比は4対1であった。症状では、発熱についで、頭痛が高頻度にみられ、特に8歳以上では、全例にみとめられ、学童では、頭痛が髄膜炎の存在を疑う指標になると思われた。

 検査所見では、血沈20mm/hr以下、CRP陰性または±を示す症例が80%以上で炎症反応は軽度である8。髄液検査所見では、単核球が主で、髄液蛋白はやや増加し糖は正常である1 6。髄液CRPは陰性例が大部分で、髄液CRPの検索はムンプス髄膜炎を含めて無菌性髄膜炎の診断に有用である。9 10 ムンプス髄膜炎例の血中および尿中アミラーゼ値を検討した報告は、われわれが検索した範囲内ではなく、ムンプス例の血中および尿中アミラーゼ値は第1週に最高になる6 11。ムンプス髄膜炎の急性期脳波所見と予後については、出口ら12は、主に広汎性徐波性律動異常を認め、潜伏性てんかんに移行した症例が19%にみられたと述べている。

  今回のわれわれの検討では、髄液CRPの陰性例は96.4%であった。ムンプス髄膜炎例およびムンプス例の尿中アミラーゼ値は、いずれも第1週に最高値を示し、大きな差異はなかった。ムンプス髄膜炎例の急性期脳波所見では、82%に脳波の異常がみられ、diffusehigh voltage slow が64%と最も多く認められた。今後、これらの症例の予後についての検討が必要であると思われる。

  髄膜炎発症時期による分類では、中尾ら7は耳下線腫脹と同時か4〜5日以内に発症することが多く、耳下腺腫脹前に発症する症例は、18.9%であったと報告している。

 われわれの検討でも、Meningitis paroti-dea が81.8%と最も多くみられた。Mening- itis preparotidea は3.6%と10.0%以下であった。

 今回、合併症として難聴が1例みられた。ムンプスの難聴の特徴は、ムンプス発症より多くは2〜10日後に起こり、急激に発症し、1〜2日の経過で高度難聴になる13。 多くは一側性の感音障害で永久に治らない6。ムンプスによる難聴の出現率は、0.005〜6.7%と数%以内で、幼児難聴の中でムンプス難聴が原因として占める割合は0.6〜3.0%の間である13。ムンプス難聴の発生頻度は人口100万人に対して2.5人といわれている14。

 ムンプスによる難聴などの合併症に対する根本的な対策は、ムンプスの発生数を減少させることであるが、1985年の予防接種研究班による神奈川県域の調査結果では15、3歳までのムンプス生ワクチンの接種率は、10%に満たないと報告されている。

 アメリカ合衆国では、ムンプス生ワクチンの使用が一般に行われるようになった1967年12月以後、ムンプスの発生が著明に減少している。現在では、アメリカ合衆国、カナダおよびスウエ ーデンでは、mumps/meales/rubella vaccine としてroutine に行われている。16 17  

  一方、英国では、ムンプス・サーベイランスの結果より、Galbraith らは、18ムンプスの流行に変化がみられ、すなわち、ムンプスの発生および合併症が減少しているので、ムンプス生ワクチンの routineな接種は、必要ではないと報告している。

 1985年に流行したムンプス髄膜炎のわれわれの検討では、致死的な経過を示した症例はみられなかったが、合併症として難聴が一例みられた。今回の流行の大きさ、および難聴が permanentであることを考えると、ムンプス生ワクチンの積極的な接種が望まれるものと思われる。

           結  語

 1985年に、我々の施設においてムンプス髄膜炎55例、ムンプス難聴1例を経験した。ムンプスを全身感染症とする立場から髄膜炎55例の臨床的検討を行い、ムンプスの合併症としてムンプス難聴1例を報告し、若干の文献的考察を加えた。

 本論文の要旨は第160回日本小児科学会神奈川県地方会(昭和61年3月29日、横浜)にて発表した。

          文     

1)貴田丈夫:現代小児科学大系,8巻A,中 山書店,189,1965

2)中尾亨・他:臨床小児医学 6:755,1958

3)Philip KN et al.: Am J Hyg 69:91,1959

4)藤本淳夫・他:小児科診療 22:1422,1959

5)Bjorvatn B et al.:Scand J Infect Dis 5  :253,1973

6)出口雅経:新小児医学体系,20巻C,中山  書店,138,1981

7)Nakao T et al.:Acta Paediatr Japon 12:  9,1970

8)西村正明・他:小児科 24:1015,1983

9)Peltola HO:Lancet,*:980,1982

10)Gray BM et al.:J Pediatr 108:665,1986

11)美濃真・他:小児科臨床 47:65,1974

12)出口雅経・他:小児科診療 48:1062,1985

13)吉本裕:耳喉 57:629,1985

14)佐藤護人・他:日耳鼻 87:362,1984

15)小菅啓司・他:予防接種研究班昭和60年度総会資料,84,1986

16)Hayden GF et al.:Pediatrics 62:965, 978.

17)Christenson B et al.:Br Med J 287:389, 1983

18)Galbraith NS et al.:Lancet,*:91,1984

 

 

 

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