原著論文

 

A型インフルエンザウイルス感染症による小児中枢神経合併症の臨床的検討

 

梶ヶ谷保彦,他

Key words〉 

A型インフルエンザウイルス(influenza A virus)

脳炎・脳症(encephalitis-encephalopathy)

失語症(aphasia)

 

 要旨:A型インフルエンザウイルス感染症の中枢神経合併症5例に対して臨床的検討を加え報告した.症例1:2歳,男児.主訴は発熱,意識障害.肝機能障害を認め,頭部MRIでは両側の視床にT2延長病変を認めた.入院後,神経症状は改善し,後遺症なく退院した.症例2:2歳,女児.発熱に伴う痙攣重積をきたし入院.痙攣後の意識障害消失後も発語が見られず失語症と診断した.脳波上左右差のある徐波化を認めた.失語は改善し脳波も年齢相応となる.その他に失語症例1例,脳症例2例の計5例について検討した結果,重症合併症を回避するにはワクチン接種が重要と考えられた.また横浜市南部地区では流行性疾患の存在時には,夜間に二次救急病院へ一次救急と二次救急患者が混在して多数受診している.脳症患児などの本来の二次診療業務に専念するためには流行疾患存在時の夜間小児一次救急体制を公的支援により整備することが必要と考えられた.

は じ め に

インフルエンザ流行期には小児の中枢神経合併症をしばしば経験するが,その病型,病態など未だ不明な部分があり症例の蓄積が必要とされている1,2).最近,A型インフルエンザウイルス感染症の中枢神経合併症5例を経験したので考察を加え報告する.

対    象

 A型インフルエンザウイルス感染症による各種合併症の検討は1992年4月から99年3月までにA型インフルエンザウイルス感染症にて入院加療を要した189例を対象とした.これらの症例はすべてA型インフルエンザウイルス抗体価がペア血清にて有意の上昇を認めている.中枢神経合併症については5例を経験し以下に経過を示す.

症 例 1

2歳9ヶ月,男児.主訴:発熱,意識障害.インフルエンザワクチン接種歴:無し.現病歴:軽度の感冒様症状があり,翌日から発熱,3病日から意識障害があり入院.入院後経過(図1):GOT 1216 IU/l,GPT 593 IU/l,LDH1825 IU/lと肝機能障害を認め,頭部CTでは,両側の大脳基底核を中心としたLDAを認めた.頭部MRI所見(図2)でも両側の視床および,右側に強く内包を除いて被殻領域にT2延長病変を認めた.入院後,神経症状は徐々に改善し,後遺症なく,23病日に退院.ペア血清でA型インフルエンザウイルスH3N2抗体の有意上昇を認めた.

症 例 2

7歳,男児.主訴:発熱,咳嗽,意識障害.インフルエンザワクチン接種歴:無し.現病歴:咳嗽と発熱があり,翌日に呼名に反応なく入院.入院後経過:頭部CTおよびMRI検査では異常なく,入院後は意識状態は比較的すみやかに改善し,2病日には,軽度の傾眠傾向を残す程度まで回復したが,血液検査では,GOT 3048 IU/l,GPT 1543 IU/l,LDH 3864 IU/lと肝機能異常を伴った.その後,徐々に症状および検査所見は改善し,3病日には解熱し,意識状態がほぼ正常となる.ペア血清でA型インフルエンザウイルスH3N2抗体の有意上昇を認めた.

症 例 3

2歳10カ月,女児.主訴:発熱,咳嗽,痙攣.インフルエンザワクチン接種歴:無し.現病歴:発熱,咳嗽出現の翌日に痙攣重積をきたし入院.入院後経過(図3):痙攣後の意識障害消失後も発語が見られず失語症と診断.脳波上左右差のある徐波化を認めた.髄液検査,頭部CT,MRIは正常.失語は徐々に改善,60病日に3語文となり,脳波も年齢相応となる.ペア血清でA型インフルエンザウイルスH3N2抗体の有意上昇を認めた.

症 例 4

 2歳6ヶ月の女児.主訴:発熱,痙攣.インフルエンザワクチン接種歴:無し.現病歴:発熱出現の翌日に痙攣が出現し30分以上持続していたため入院となる.入院後経過:髄液,頭部CT, MRIに異常はなく数時間で意識状態の改善がみられたが,しばらく発語がなく,脳波にて左右差のある徐波をみとめた.14病日には発病前とほぼ同等の言語状態となり退院した.脳波も正常化し現在までに発達の異常なく経過している.ペア血清でA型インフルエンザウイルスH3N2抗体の有意上昇を認めた.

症 例 5

1歳9ヶ月の男児.主訴:発熱,痙攣.インフルエンザワクチン接種歴:無し.現病歴:発熱出現の同日に痙攣重積にて救急車にて当科受診し30分以上持続していたため入院となる.入院後経過:このケースは鼻汁のインフルエンザA型抗原がEIA3), PCRともに陽性.H3N2であった.細胞培養も陽性.しかし髄液では異常所見なく細胞培養,PCRともに陰性であった.頭部CTでも異常所見がみられなかった.2病日には発語もみられ意識も回復し,徐々に解熱傾向がみられた.しかしながら5病日に,突然,無熱性痙攣の重積発作が持続し脳波では全汎性の徐波を認め脳炎と診断した.この症例は8ヶ月経過した現在においてようやく独歩可能となったが発語はなく発達障害を残した.

考    察

 最近のインフルエンザ流行には二つの観点による警戒が必要とされる.一つは94年より,学校保健での定期接種が中止された社会的影響で,もう一つは新型インフルエンザウイルス出現による社会的影響である1).

 当科では図4のごとく,この7年間に189例の入院を要するA型インフルエンザ感染症を経験した.94年のワクチンの集団接種中止以後,やはり増加している.合併症の内訳は表1に示す.

全国的には1999年のインフルエンザによるとみられる脳炎・脳症患者は,全体で217人発生し,うち58人が死亡,死亡の51人が6歳以下の小児に圧倒的に多く,回復したものの後遺症が残った患者も56人にのぼっていることが厚生省の調査でわかっている4).今後の課題として,この脳炎・脳症発症のメカニズムの解明が急がれる一方,それらに対するインフルエンザの予防接種の再評価も必要である.現にわれわれの経験した中枢神経障害5例は全例,インフルエンザの予防接種を受けていなかった.インフルエンザワクチンには,麻疹ワクチンのような絶対的な効果は期待されないが,実地臨床的にはインフルエンザウイルスに罹患しても軽症化が期待される.従って,今回のわれわれの経験より重症化しやすい小児に関しては予防接種の接種率向上が重症合併症を回避するために望まれると考えられる.

 一方,新型インフルエンザウイルスに関しては97年暮れに新たに香港において,その存在が確認された,H5N1インフルエンザウイルスの遺伝子構造は鳥類由来のものであった.原理的にはヒトには感染性がないと考えられてきたが,香港でH5N1インフルエンザウイルスによる感染で発症し,死亡者のみられたことで,鳥型のH5N1インフルエンザウイルスがヒトへ直接感染することが判明した.新型インフルエンザウイルスH5N1 (avian flu) とされ,これまでの豚を介する不連続変異とは全く異なる原理の存在が示唆されたという学術的意味にとどまった5).

しかし,1997〜99年頃に出現の予想されている,豚を介したウイルス遺伝子交雑による新型の不連続変異ウイルスの存在は,実はまだ確認されていない.従って99年度以降においても,従来の不連続変異によるヒトへの感染性の高い新型(H5N1インフルエンザウイルスに限らず)が,結果的に「大流行」かつ多数の死亡者を出す可能性の高いことを念頭において警戒しなければならない.

 既にわれわれが報告5,6)しているように横浜市南部地区ではこのような流行性疾患が存在時には,当院のような夜間二次救急病院へ一次救急患者と二次救急患者が混在して深夜帯に多数受診している.インフルエンザ脳炎・脳症の患児が来院した際には小児科医が一人,常時,重症化などの臨床症状の注意深い観察が必要となり,もう一人の小児科医が一次救急患者を診療するために必要となる.しかし小児科医の少ない二次病院では現実には2人当直体制などは不可能である.したがって特に横浜市南部地区では,流行疾患存在時には夜間小児一次救急体制に対する公的支援による整備が必要と考えられた.

結    語

われわれの経験した中枢神経障害5例は全例,インフルエンザの予防接種を受けていなかった.従って,重症化しやすい小児に関しては重症合併症を回避するために予防接種の接種率向上が望まれると考えられる.

横浜市南部地区ではこのような流行性疾患が存在時には,夜間二次救急病院へ一次救急患者と二次救急患者が混在して深夜帯に多数受診している.インフルエンザ脳炎・脳症の患児が来院した際には小児科医が一人,常時,重症化などの臨床症状の注意深い観察が必要となる.このような本来の二次診療業務に専念するためには横浜市南部地区では,流行疾患存在時の夜間小児一次救急体制に対する公的支援による整備が必要と考えられた.

 なお本論文の要旨は第48回共済医学会(1999年10月21日,福岡)にて発表した.

参 考 文 献

 1)武内可尚:インフルエンザの重症合併症.小児科 39:125-138,1998.

2)Mizuguchi M, Abe J, Mikkaichi K, et al: Acute necrotising encephalopathy of childhood. J Neurol Neurosurg Psychiat 58:551-561, 1995.

 3)清水英明,渡辺寿美,川上千春,他:ELISAを用いたA型インフルエンザウイルス迅速診断キットの検討.感染症学雑誌 72:827-833,1998.

 4)今冬におけるインフルエンザの臨床経過中において脳炎・脳症を発生した患者の発生動向調査について.厚生省保健医療局結核感染症課長.平成11年12月22日.

 5)梶ヶ谷保彦,片倉茂樹,松田基,他: 1997年度に入院加療を要した小児A型インフルエンザウイルス感染症の臨床的検討.神奈川医学会雑誌, 26: 11-14, 1999.

 6)梶ケ谷保彦: 小児地域救急医療のかかえる課題解決のための独自の機能分化とその成果.共済医報,47: 124-128, 1998.

 

 

Clinical Study on Influenza A Virus-associated Encephalitis-encephalopathy in Childhood

YASUHIKO KAJIGAYA, ET AL

Abstract

   We report  five  pediatric patients of influenza  A virus-associated  encephalitis-encephalopathy.  There  was no fatal case, but two transient aphasia cases and  one patient of mental retardation were observed.  Neither case received influenza vaccine.  Therefore, vaccination of influenza was important in order to avoid severe complication to central nervous system in influenza  A virus infection.

   Rebuilding of first aid treatment system for children in Yokohama was hoped so that second aid physician devoted itself to treatment of patient as encephalitis-encephalopathy. 

 

 

 

 

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