原著

免疫グロブリン大量療法に伴う冷式抗赤血球抗体による溶血に関する臨床的検討

 

梶ケ谷保彦, 他

 

Key words: 免疫グロブリン大量療法,溶血性貧血,冷式抗赤血球抗体

 

       要    旨

 免疫グロブリン大量療法(IVIG)を受けた特発性血小板減少性紫斑病(ITP) 5例,川崎病(MCLS) 5例に二次的に冷式抗赤血球抗体が陽性化したので溶血に関する検討を加え報告した.

 IVIGは400mg/kg×2〜5にて施行した.対象は慢性型ITPが1例,急性型ITPが4例,MCLSが7例である.IVIGを受けた12例中,10例に5~10日目に,不規則性抗体検索で10℃で反応のみられる冷式抗赤血球抗体が陽性化した.ハプトグロビン低下例が4例,貧血をきたしたものが2例,血色素尿をきたしたものを1例経験した.

 使用した免疫グロブリン製剤のロット検定では冷式抗赤血球抗体が陰性であることから,抗A,B抗体による溶血とは機序が異なり,グロブリン製剤中の抗体による直接的な作用ではなく,二次的にひきおこされる現象であると考えられた.この冷式抗体は2週間あまりで陰性となり,抗体出現は一過性の現象であると考えられた.この抗体による溶血反応は全身の保温につとめることにより抑制された.

 IVIGを施行した計12例中,10例に冷式抗体の出現を認めたことから,IVIG療法に伴う比較的,普遍性のある現象と考えられ,今後,IVIG療法を行う際には冷式抗体による溶血に関する注意が必要であると思われた.

 

      は じ め に

 小児科領域では特発性血小板減少性紫斑病(idiopathic thrombocytopenic purpura,ITP)1)や川崎病(mucocutaneus lymphnode syndrome,MCLS)2)に対する治療として免疫グロブリン大量療法(high-dose intravenous immunoglobulin therapy,IVIG)の有効性が,近年,認められてきている.しかしIVIGによる副反応などが報告されるようになり,また小児の成長に伴う免疫能の発達などへの二次的な影響に関しても未知の部分が多く今後の問題点となってきている.今回,われわれはIVIGを施行したITPおよびMCLSの患児,計12例中,10例に二次的に不規則性抗体の検索において冷式抗赤血球抗体が陽性化する経験をした.溶血性貧血をきたした症例を中心にこれらの症例に臨床的検討を加えたので報告する.

 

     対 象 と 方 法

 対象は当科で1992年3月から1994年2月までに経験し,IVIG療法を受けた慢性型ITP 1例,急性型ITP4例およびMCLS 7例の計12例である.

 IVIG療法はインタクト型免疫グロブリン製剤で,T社およびM社のものを使用した.投与量は400mg/kgを4時間かけて静注して行い,2日間から5日間投与した.

 溶血に関する検討としては,ヘモグロビン,ハプトグロビン,網状赤血球数,直接Coombs試験,不規則性抗体,血色素尿などを指標にして総合評価した.不規則性抗体の検索は谷脇3)の方法に従い,患者血清および使用した免疫グロブリン製剤の各ロットに関して行った.

 

       結   果

 IVIGを施行したITP,MCLS計12例中,10例において,10日以内に冷式抗赤血球抗体が陽性化(表1)した.ハプトグロビン低下例を4例,貧血をきたしたものを2例,血色素尿をきたしたものを1例経験した.この冷式抗体は2週間あまりで陰性となった.われわれが使用したγ−グロブリン製剤の各ロット中の各種抗体について検討したところ,すべてのロットで,抗A,抗B,抗D抗体価が128倍以下であった(表2,3).また使用したγ−グロブリン製剤の各ロット中の不規則性抗体の検索では冷式抗赤血球抗体はすべてのロットで陰性であった.

 以下に,IVIG後に血色素尿を伴う溶血性貧血をきたした慢性型ITPの症例の臨床経過について述べる.

 症例:7歳,女児.

 主訴:皮下出血斑.

 家族歴・既往歴:特記事項なし.

 現病歴:92年2月20日より下肢に出血斑が出現し増加傾向がみられるため3月10日精査加療目的にて入院となる.

 入院時現症:全身皮下,口腔粘膜に出血斑を多数認めた.結膜に貧血,黄疸はなかった. 入院時検査所見(表4):白血球数およびヘモグロビンは正常であるが,血小板数の著明な減少を認めた.凝固系は正常でPA-IgGは高値を示し,骨髄では巨核球数が増加し,異常細胞は認められなかった.以上よりITPと診断した.入院時にはハプトグロビン正常,直接・間接Coombs試験陰性で溶血はみられなかった.

 入院後経過(図1):入院後よりpredni-

soloneによる治療を開始したが,血小板数減少が続き出血傾向も増悪したためIVIG療法を行った.すなわち400mg/kgを5日間投与した.治療開始3日目より血小板数の増加傾向を認めたが,6日目に血色素尿が出現し,ヘモグロビンが8.9g/dlまで低下し,ハプトグロビンの低下,網状赤血球の増加を認めた.直接Coombs試験は陽性,不規則性抗体の検索3)で10℃において反応のみられる冷式抗赤血球抗体が強陽性となった.この抗体には血液型特異性がみられなかった.溶血時の緒検査所見を表5に示す.Donath-Landsteiner抗体陰性,Ham試験陰性,寒冷凝集反応低値であった.解離同定試験陰性で抗D抗体は認められなかった.i血球との反応性については検討しなかった.全身の保温に努めることにより貧血の進行はなくなり,徐々に回復傾向がみられ,16日目には冷式抗体は陰性となった.40日目に再び血小板の低下がみられたため,boosterとしてIVIG療法を2日間,保温につとめながら施行した.2日目より血小板数の増加傾向を認めた.血色素尿はみられず,ヘモグロビンの低下はわずかであったが,ハプトグロビンが低値となり,冷式抗体が再び陽性となり,15日目に陰性化した. 本例では貧血時に血色素尿が観察されたが,一般に,血色素尿を伴う貧血としては,*発作性寒冷ヘモグロビン尿症および*発作性夜間ヘモグロビン尿症があげられその鑑別4)が必要とされる.本例では,ハプトグロビンの低下,網状赤血球の増加を認め,溶血の存在は明らかである.そして直接Coombs試験は陽性,不規則性抗体の検索で10℃において反応のみられる冷式抗赤血球抗体が強陽性となったが,

Donath-Landsteiner抗体陰性,Ham試験陰性,寒冷凝集反応低値であったことより,上記の*,*による溶血ではなく冷式抗体による血色素尿を伴う溶血性貧血であったと考えられる.そこで本症例含め冷式抗体が陽性化した10例において,この冷式抗体がγ−グロブリン製剤に由来する抗体であるか否かが問題になると思われるので以下に考察する.

 

      考     察

 小児のITPに対する治療としては,1981年にImbachら1)によってIVIGの効果が報告されて以来,積極的に各施設で治療が試みられその効果は確立してきている.また小児ではMCLSの急性期における冠動脈病変の発生を予防するとしてIVIGの有効性が

Furushoら2)により報告されて以来,多くの追試成績が報告されていて,小児疾患でのIVIGの適応が拡大しつつあり投与例が増加している.しかし一方,グロブリン製剤による副反応や免疫系への影響も報告されつつあり,未知の部分が多い.

 溶血などの赤血球に与える影響については,特にITPの症例では,これまでにIVIG療法に伴う溶血性貧血が報告5)6)されており,これは製剤中の抗A抗体(抗体価は500倍以上)によるものと考えられていた.それ以後は抗A抗体価の低い製剤が用いられるようになった.しかしその後も,IVIG療法後にITPで溶血を呈する症例報告7)8)9)があり,またMCLSでもIVIG施行後,溶血あるいは1週目に赤血球およびヘモグロビンの有意の低下のみられることが報告9)10)11)され,抗A,B抗体以外による溶血機序の存在が示唆されている.

 そこで先にも述べたようにわれわれが使用したγ−グロブリン製剤中の抗A,抗B抗体価および本例でみられた冷式不規則性抗体の存在が問題となるので,各ロット中の各種抗体について検討したが,各ロットの抗A,抗B,抗D抗体価では,すべてのロットで抗体価が128倍以下のものを使用していた.また使用したγ−グロブリン製剤の各ロット中の不規則性抗体の検索では冷式抗赤血球抗体はすべてのロットで陰性であった.以上より,本症例にみられた溶血への抗A,抗B,抗D抗体の関与の可能性は低く,また本症例に出現した冷式抗赤血球抗体はIVIGに使用した製剤由来の抗体ではなく,IVIG療法後に二次的な現象として出現する抗体と考えられた.

 またこの冷式抗赤血球抗体の出現する現象は本症例にかぎったものではなく,IVIGを施行した12例中,10例の患者に出現していることから,IVIG療法に伴う,比較的,普遍的な現象であると考えられる.しかし,この抗体による溶血反応は,保温につとめることにより抑制され,またその出現は一過性のものであると考えられた.今後,IVIG療法を行う際には冷式抗赤血球抗体による溶血に関する注意が必要であると思われた.また,この抗体の発生機序およびこれに対応する抗原の同定が今後の課題であると考えられる.

 

      結     語

 IVIG療法後に伴う冷式抗体による溶血について検討した.IVIGを施行したITP,MCLS計12例中,10例に冷式抗体の出現を認めた.ハプトグロビン低下例が4例,貧血をきたしたものが2例,血色素尿をきたしたものを1例経験した.

 使用したγ−グロブリン製剤のロット検定では冷式抗赤血球抗体が陰性であることから,抗A,B抗体による溶血とは機序が異なり,γ−グロブリン製剤中の抗体による直接的な作用ではなく,二次的にひきおこされる現象であると考えられた.

 この冷式抗体は2週間あまりで陰性となり,抗体出現は一過性の現象であると考えられた. この抗体による溶血反応は全身の保温につとめることにより抑制された.

 IVIGを施行したITP,MCLS計12例中,10例に冷式抗体の出現を認めたことから,IVIG療法に伴う比較的,普遍性のある現象と考えられ,今後,IVIG療法を行う際には冷式抗体による溶血に関する注意が必要であると思われた.

 

      参 考 文 献

 1)Imbach P,Barandum S,d'Apuzzo V,et al: High-dose intravenous gammaglobulin for idiopathic thrombocytopenic purpura in childhood. Lancet *:1228-1231,1981.

 2)Furusho K,et al: High-dose intravenous gammaglobulin for Kawasaki disease. Lancet *:1055,1984.

 3)谷脇清助: 不規則性抗体とその同定法.検査と技術 18:1503-1509,1990.

 4)別所文雄: 小児の後天性溶血性貧血.小児貧血の臨床.赤塚順一 編集,金原出版,東京:1992;121-135.

 5)Brox AG,Cournoyer D,Sternbach M,et al: Hemolytic anemia following intravenous gamma globlin administration.Am J Med 82:633-635,1987.

 6)大久保進,石田萌子,安永幸二郎,他: ガンマグロブリン大量静注療法時に抗A抗体による溶血性貧血を合併した特発性血小板減少性紫斑病(ITP)の1症例.日本輸血学会雑誌 34:444-448,1988.

 7)市川広美,伊藤哲哉,水谷文彦,他: γ-グロブリン大量療法直後に溶血性貧血を呈したITPの1例.小児科臨床 44:1371-1374,

1991.

 8)細根勝,安恵美,猪口孝一,他: 免疫グロブリン大量静注療法により溶血性貧血を来したITPの1例.臨床血液 30:1322,1989.

  9)大城誠,伊藤敬子,浅井俊行,他: γ-グロブリン大量療法直後に溶血性貧血を呈した2例.小児科臨床 46:2553-2558,1993.

 10)Comenzo RL,Malachowski ME,Meissner HC,et al: Immune hemolysis, disseminatedintravascular coagulation, and serum sickness after large doses of immune globulin given intravenously for Kawasaki disease. J Pediatr 120:926-928,1992.

 11)荻野廣太郎,小川實,播磨良一,他: 川崎病におけるガンマグロブリン静注療法の用量・用法について.Prog Med 10:29-38,1990.

 

 

 

 

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